最近聞いている音楽2017春

不定期ポスト
 

動向

下に特に挙げていないものとしては「ラ・ラ・ランド」のサントラ、ハンバートハンバート「FOLK」あたりはリピートしていた。「ラ・ラ・ランド」は、オープニングが華やかで良いけれど、その後は比較的静かなので、作業用BGMとして使ったけれど、ややドーピング感もあった。
ラッキーオールドサンの「Belle Époque」は購入。
その後、「FOLK」も入手。
 

邦楽

 ダイハツ「Thor(トール)」のCMソング。PVはJourney - Separate Ways(https://youtu.be/LatorN4P9aA)のパロディ。

 良いなと思って聞いていたら、ボーカルは『カルテット』や『女城主直虎』で今をときめく高橋一生の弟だというから驚いた。

 NulbarichはPVがとにかくおしゃれである。

 『ひよっこ』第2週ほか奥茨城村編で印象的に使われて使われていた。元々好きで時々聞くけれど、改めて聴くと結構上手い。

洋楽

 PVは、走高跳びにおける背面跳びの開発者であるディック・フォスベリー(Dick Fosbury、1968年メキシコシティーオリンピック金メダリスト)の話と思われ、とても素敵。

 ※『マグニフィセント・セブン』は荒野の七人の系譜としてはいまいちだった。西部劇としてはそんなに悪くなかったけど。

最近聞いている音楽2016下半期〜2017年初頭

不定期ポスト
 

動向

「ローグワン」のサントラ、「この世界の片隅に」や「君の名は」の劇中曲、「逃げるは恥だが役に立つ」や、リオ五輪パラリンピック等のテレビで流れる曲類で印象に残るものが多かった。
個別アーティストでは、ラッキーオールドサンのCDをよく聞いていた。
あまり音楽を聞かなかった時期もあるけれど、ひとまずこんな感じか。
一部、印象に残った歌詞等のメモも付記。
例によって適宜更新します。

邦楽

 ※「ことばとことば 色がついてゆくのよ」の辺りが印象に残った。

 ※映画「この世界の片隅に」劇中歌

 ※「魚じゃない 野菜でもない やっぱり肉を喰おう」

 ※イントロの月光第3楽章のアレンジが印象に残った。

 ※映画「何者」の主題歌だけれど、映画自体は見ていない。

洋楽

 ※リオ五輪の閉会式で「Olympic Channel」開設のアナウンスコーナーで演奏されていた。

「ポケモンGO」のある風景

巷のポケモンGOブームに漏れず、ダウンロードして遊んでみている。
やっていて気づいたことを、思いついたままにメモしてみる。

位置情報を利用したゲーム

 位置情報を利用したゲームについては、いくつかの理由で遊ばないことにしていた。と言っても、大した理由ではない。例えば、位置情報を利用したゲームには、ポイントラリー的な要素があることが多い。旅行などで各地を巡って遊ぶのは楽しいけれど、既に大学時代に日本各地をいろいろ旅行したのがカウントされないのが、なんだか悔しいとか、そんな理由だ。ポケモンGOの場合、各地のポータルにポイントラリー的な要素は基本的にないので、その点気楽だなと思った。
 関西学院大学鈴木謙介さんが書いているように、位置情報を利用したゲームは、現実世界の空間の意味を「上書き」する。空間の意味が変わり、人々の行動に変化が起こった時、その空間の秩序は時に動揺する。ポケモンGOをめぐる各地の「聖地化」と「排除」の動きは、こうした秩序の再構成をめぐる政治的な関係性を端的に示しているように思う。例えばFacebookの小関悠さんの投稿は、「排除」の言説に対する端的な表れとして読むことができる。同様の問題は、ポケモンGO以前にも様々にあったはずだけれど、ポケモンという訴求力の高いコンテンツによって、多少増幅された形で私たちの前に迫ってきているのだと思う。

僕たちの生きる空間には、スマホを通じて入ってくる情報が通る無数の「穴」が開いているのであり、誰もがそうした「多孔化」した現実を生きなければならない事態に直面しているのである。
「ポケモンGO」を社会学的に考えるためのヒント « SOUL for SALE

でも敢えて言いたい。ポケモンGOを解放せよ、と。高々その土地の管理権があるとかで、バーチャルな世界まで管理できると思うなよ、と。
ポケモンGOを解放せよ | 辺境社会研究室

空間の意味

 先の鈴木さんの別の論考で興味深かったのは、こうした空間の意味の上書きは、ある種その空間の歴史を可視化するという意味があることだ。

実は、『ウェブ社会のゆくえ』という本を書くにあたって下敷きにしたのは、社会学や地理学だけでなく、民俗学の考え方だ。民俗学には、ムラの境界を表すことばとして「ヤマ」「オクヤマ」といった言い方がある。「おじいさんはヤマへ芝刈りに」というときに示されているのは、山岳地帯ということではなく、村の境界の少し外にある、資源採取が許されたコモンズのことだ(だから芝刈りができる)。こうしたヤマの地域を超えると「オクヤマ」と言って、入ると帰ってこられない異界に近い扱いをされる。そのためこうしたイメージ上の境界には祠や道祖神が置かれ、想像の世界を現実化する目印になっていたのだった。


もう勘の良い人には分かったと思うけれど、ポケストップの多くはイングレスのポータルを引き継いでいる。そしてそのポータルには、都会の中では見落とされてしまうような地蔵や祠、稲荷といった民俗的なスポットが多数含まれている。つまり、「ポケモンGO」をプレイするために近所のポケストップを探検して回っている僕たちは、知らず知らずのうちに、かつての社会が持っていた想像上の地理的境界を内面化し、イメージの地図の中を移動しているのだ。そう考えると冒頭の「神社でポケモンGOが禁止」というのも、ある種の「ポケモンからのアジール」が生み出されているともとれるので、興味深いと思ったのだ。
現実をポケモンが徘徊する〜電脳コイル化するポケモンGO « SOUL for SALE

 例えば、ポケモンGOによって渋谷川が可視化されたとする投稿や、石巻や女川に設置された「記憶のポータル」の事例などが、目についた。

 もちろん誰もがこういったことに気づくわけではないし、このゲームがどれだけこうした部分に迫れるのか(これに迫ることが必ずしもこのゲームの運営目的ではない)という部分はある。しかし、Ingressよりもマスにアプローチしているが故に、こういうことを面白がる人たちの話も出てくる可能性が考えられるのではないかとも思う。

地域格差と古戦場

 先日、日本海側まで行くことがあり、移動時にポケモンGOの地図を開けて眺めていた。既に数多く指摘されているように、首都圏を離れると程なくポータルは減少する。ただし、おそらくはポータルの設置されやすい場所が鉄道沿いから主要国道沿いに変化するといったこともあるだろう。田んぼが広がっていても、道祖神が登録されていたりするので、一概に人がいないからポータルがないということではないようにも思った。逆に住宅地域でもポータルが見当たらないこともある。
 やたらとポータルが多い場所は、ひょっとすると、Ingressで激戦地として知られた場所なのかもしれない。ポータル群が、例えば城跡とかにあると、さながら古戦場のようで、そのシチュエーションが、かつてのエージェントたちの激しい拠点の奪い合いの風景を想像させる。そこに、なんとなく集まった人たちが、誰かが設置したルアーモジュールに引き寄せられてやってきて、同じポケモンを分け合っている。
 ポータルの密度は、このゲームの意味合いを変える。モンスターボールの数が制約条件になると、日常的に現れるポッポに対する意識も変わってくる。常に100個以上のボールを持つ都市の人々は、ルーティンワークのように画面をタップして、時にその面倒さで捕獲を放棄する。一方で、手持ちの30個のボールをどう利用するかを考える人々は、他のより珍しいポケモンを捕獲する可能性を考える中で、そのボールを投げるかどうか考えることになる。
 ユーザー数の多寡については、おそらくはそのままネット上の攻略情報サイトの多寡に反映されてくる。都道府県別の「巣」の一覧表に、なかなか都市部以外の状況が上がってこない(ただし、ワンテンポ遅れて増えてきた)ことを、その地域の「情報格差」の表れとしてみることができるだろうか*1

「人が集まる」ということ。

 ポケモンGOのせいで、公園等に人が集まりすぎて問題が発生していることも指摘されてはいるが、場所によってその状況は少しずつ違いそうだ。

 ところで、現在までに解析されている情報を私が理解している範囲では、ゲームの特性上、特定のポケモンを入手したり、特段ポケモンの強化に興味がなければ、敢えて遠くのスポットに行く必要は薄いと思われる*2。もちろんプレイヤーによって理解に幅はあろうけれども、総じてそういう状況である時、特定の場所に集まる人々というのは誰なのだろうか。
 様々な情報が錯綜する中で、テレビで聖地と印象付けられる場所に出向く人々もいるだろうし、ポケモンGOを動機付けとして旅行する向きもあろう。しかし、どちらかと言えば、例えばどこかに行く際に、近くのスポットに寄るとか、普段の生活範囲内からそう遠くないスポットに行く場合も多いのではないだろうか。
 特定の場所に、今までにない人々が集まるのであれば、新たに集まる人々を含む形で空間は再構成される。もちろん、そこで何らかの「問題」が起こる可能性がある。今までそこを「平和に」使っていた人からすれば、時に迷惑を被ることもあるだろう。ただ、ひょっとすると、そこで集まる「人々」は、僕らに見えていなかった地域の「人々」の姿であるかもしれない。かなり乱暴に言えば、それがポケモンGOのユーザーであっても、小学生のサッカー遊びでも、時限的に設置される保育所でも、発現の仕方がやや違うだけで、程度問題と断じることもできるかもしれない。
 ニュースやネットの投稿を見ながら、そんなことを思った。

ブームとその後

 リリースから10日あまりで、ネット上の動きを見る限りでは、第一次的なブームにはそろそろ一区切りつきそうだ。これからは、しばらく一定のお祭り感が続いていくのか、イベントなり派生商品なりである程度のマスユーザーを引きつけつつ存命を図るのか、コアユーザーに寄り添う形になるのかはわからないが、まぁそこにあまり興味はない。例えば次のようなコメントが端的に示すのは、このゲームが、一定時間内の作業量をゲーム運営側がコントロールしておらず(例えば時間に応じてたまるゲージ等がない)、マスで遊ぶことに一定の意味がある(アクティブユーザー数が多いことが遊ぶ時の動機付けになる)といったことのように思える。

「他のソーシャルゲームに比べて、ポケモンGOだと無限に遊ぶことができます。また、ルアーモジュールは自分だけではなく他の人もポケモンが出やすくなり、皆で遊ぶことができることが良いと思います」
「ポケモンGO」人気の裏では問題も―― 深夜も人で賑わう“聖地”鶴舞公園の実態をレポート - ねとらぼ

 個人的には、ゲームそのものよりも、ブームの受容のあり方というところに興味があるのだと思う。
 リリースから1週間経った29日(金)の夜に、都内をぶらぶら歩いていて気付いたのだが、ポケモンGOのために散歩していると思われる男女カップルのうち、男性のみがスマホを手に持っていて、女性は手に持っていない(例えばペットの散歩)と場合が何件か見られた。もちろん男女揃ってやっている場合も多い。ユーザー層は多様だから、一概に断定できないけれど、誰もが皆やっている(ように思わされる)時に、必ずしもそれは均等に広がっている訳ではない。その内実を観察し、推測してみるのが面白い。
 また、街で歩きスマホをしている人を観察してみると、必ずしもポケモンGOをしていないケースもよく見られる。でも、それがなんとなく「ポケモンGOをしているのでは?」というフレームで見るようになってしまう。この「世界の見え方の変化」は、僕らの「ゲームの流行」という現象に対する受容の一例なんだろう。
 今後、ブームが去って次のツイートのような(悲観的な?)風景が広がるのかどうかはわからないが、今後ブームが収束していく(?)中で、この風景がどのように記憶されていくのかということにも興味がある。ネットワークゲームはユーザーの参加がゲームの一部である以上、パッケージゲームのように、昔遊んだゲームを遊び直すということが難しい。例えば10年後に、ポケモンサン&ムーンはある程度*3遊び直せるけれど、ポケモンGOは多分難しいのではないだろうか。ポケモンGOで遊んだことは、記憶として留められはしても、追体験のできない同時代的な記憶として残っていくのではないか。

1990年代のリバイバルとしての「ポケモン

 1996年に生まれたポケモンが、20年を経てこういう形でやってくることの受け止めは、きっと年齢層や世代的な体験によっても色々で、例えば現在20代から30代前半ぐらいまでの世代は、ある種の「リバイバル」として受容されている面もある。ここ数年、1990年代のリバイバルは各所で見られる現象でもあり、もうすっかり90年代は「一昔前」になったのだなぁと思うところ。

*1:この点、例えば都内でも23区の情報が早く、多摩地域の状況はワンテンポ遅れて出てきたように思われる

*2:この点は他の位置情報ゲームが、往々にしてポイントラリー的な要素を含むのと異なる部分だろう

*3:とはいえ、最近のポケモンは配信限定でしか入手できないものも多いらしいけれど。

最近聞いている音楽2016上半期

以下の記事の続き。
walker-hotate.hatenablog.jp
 

動向

ことごとく邦楽を聞いている。
他に、何度目かのZARDリバイバルいすゞのトラックのコーラスバージョン、溝口肇世界の車窓からを何種類か聞き比べ等があった。
これ以外ではTony Bennettとか聞いているが、1曲選ぶというものはないかな。CHVRCHESとかも聞いているが、よくリピートして聞くほどの曲はパッと思いつかない。
気づいたら適宜追加します。
 

邦楽

 ※ケラリーノ・サンドロヴィッチ脚本・演出の「グッド・バイ」で流れていたのが印象的だった。(2016年3月6日深夜のNHK BSプレミアムステージ)

洋楽

個人的、旅行計画(大分旅行メモ)

学生時代から好きなラジオ番組のひとつが「シンクロのシティ」(TOKYO FM)。
ボイスレコーダー片手に東京の人々の声を集めて、それに対してパーソナリティーがコメントしていくスタイルのラジオ番組で、いろんな人の声が聞けて楽しい。選曲も他の時間帯とは少しちがうタイプの曲が多くて、そういう意味でも親しまれている番組。*1
働き始めてからはお休みの時しか聞けないのだけれど、休日にトラックリストをたどって楽しんだりしている。


先日の放送で、「旅行の予定、キッチリ立てる方?」というテーマがあって、意外と予定を立てない人多いんだなという印象を受けた。www.tfm.co.jp
ただ、ふと自分の旅行スタイルを振り返ってみると、昔ほど事前に予定を立てることがなくなった。それでも色々な情報収集なり、最低限の交通経路なりを考えたりしているのだが、それは幾つかの要所要所に限られるような気がしている。そこで、どういう考え方で旅行しているのかのメモを書き出してみようと思った。
ただ、題材もなしに書くのも面倒なので、先日ちょうど行ってきた大分県の旅行プランやメモを含めて、以下の通り書き出してみる。
 
書き出す上で、普段の旅行ポリシーを考えると、いくつかの前提条件がある。

  • 旅行先は基本国内。海外旅行は条件が異なる。
  • 一人旅と二人以上の旅行は事情が違う。
  • 一人旅の目的は、定番旅行先を回りつつ、旅行ガイドでは見られないものも見ること。なお、歩き回るのは全く苦にならない。
  • ご当地のものを食べるのも好きだが、基本は見て読んで知ることを中心にして「地域を掴む」という感じ。
  • (費用・時間的な面で)経済的にに回れることに越したことはない。
  • タブレットを持参するため、現地からネット経由での予約や情報収集は可能。

なお、先日の大分旅行は11月7日-10日の3泊4日。諸般の事情で出発は午後になったため、現地着は同日夜。8日は終日イベントのため、実質的な観光は9日、10日の2日間だった。また、宿泊地は諸般の事情で大分市内に3泊とした。
訪問したのは大分市内、臼杵別府市(鉄輪)、由布院豊後森、日田。

事前の準備
  • 航空券の手配、大まかな交通経路の構想

悩んだが、今回は羽田-福岡をスカイマークで往復にした。福岡からは行きのルートをJRの特急ソニックにすることだけを決定し、帰りの経路は未定のまま出発した。
羽田-大分便利用の旅行パックや、LCC(成田-大分でJetstarがある)も考えたが、検討開始が遅かったのもあって、総合的にはどれもあまり変わらないように感じた。
ちなみに大分空港は県北部にあり、別府・大分方面までは直通バス又は杵築駅までのバスの後JRとなる。杵築市街は駅から少し離れているが、特徴的な城下町があり、カブトガニ押し。半日程度の観光先としては悪くない。
福岡空港からは、バスもしくは博多駅からの特急(小倉経由のソニック、又は久留米・由布院経由のゆふいんの森)の利用となる。通常、九州は高速バスが強く、鉄道よりも高速バス(昼行)が経済的だが、JR九州の「2枚きっぷ」や「九州ネットきっぷ」等を利用すると、今回の場合はほぼ変わらない値段か、鉄道の方がやや安く移動できる。
参考:ネット限定きっぷ|JR九州
 

  • 宿泊地の手配

今回は諸般の事情で大分市内に3泊。
結果論的に言えば、大分県の場合は、大分駅が交通の要所で、遅い時間まで開いている店も多くて便利。
 

  • 荷物

立ち寄り湯に入る可能性を考えて、念のためバスタオルを1枚追加。
今回は考えなかったので入れなかったが、水着着用の温泉もある。
 

旅行中のプラン作り

 

  • 事前勉強

るるぶの大分県版を一通り読んで、県内の主要都市の位置と売り、名産品等を把握。ただし、るるぶは別府・由布院が中心で、今回訪問した地域はほぼ1-2ページの扱い。基本、温泉宿への宿泊がイベントとなる観光地で、宿泊以外の日中の観光情報は、他県版に比して少ない印象がある。そのため、実質的には以下の情報入手の方が中心になっている。
 

  • 現地での情報入手

大分駅構内の観光案内所で各市のパンフレットを入手。主要観光地以外は自治体ごとに発行している。
るるぶ等の情報が少ないこともあり、旅行中は基本的にこの情報を元に歩いた。大抵は地図がついていて便利。
また、大分駅でJR久大本線の時刻表(冊子版)をメモした。
特にローカル線の場合、細かい乗り継ぎの時間を知るためには事前のメモが一番手っ取り早い。
 

るるぶの情報では飽き足らない場合、結構これが役に立つ。
 

  • 各地バス会社のサイト

大分の場合は「バスなび大分」が、地図からバス停を選択できてある程度有用だが、細かい路線図は必ずしも調べにくい。
バスなび大分 -大分のバス運行情報とお出かけ情報
大分交通以外に臼津交通や亀の井バスなどのサイトも見たが、実際には同路線を複数のバス会社で共同運行している場合もあり、わかりにくい。どこへ行っても、これを使えば絶対安心という手はないように思われ、どうしても出たとこ勝負の感がある。
別府については、以下が一番わかりやすかった。
亀の井バスの別府・湯布院観光に便利な路線「ぐるすぱ」と「ゆふりん」のご案内
 

  • 帰路をどうするか

前述した通り、出発の時点では帰路未定だった。
出発時点でのプランは2つあった。
(1)別府(亀川など)、杵築、宇佐、中津などに寄って特急ソニック又はバスで帰るコース
(2)由布院、日田など久大本線沿線に寄り、日田から福岡空港行きの高速バスで帰るコース
結果的には2を選んだ。理由は、特急ソニックは速くて車内は快適だが、線路幅的に結構揺れることや、日田からの高速バスがそれなりの頻度で運行されている(15-60分に1本ペース)ことなど。
 

  • レンタカー

今回は利用しなかったが、くじゅう高原や他の電車の便の少ない地域へは、車がないと難しい地域も多い。交通費も考えると、一人旅の場合どちらが得かは目的地によって微妙なところだが、中日に12時間程度借りても良かったかもしれない。
 

各地のメモ(行って気づいたこと含む)

今年できた駅ビルが楽しい大分駅をはじめ、県庁所在地だけあって遅い時間まで人が多く、開いている店も多い。
駅前には大友宗麟フランシスコ・ザビエルの像。お土産としても、戦国期のキリスト教布教関連のものが目立つ。「ざびえる」は味もさることながら、箱に豪華感がある。
ざびえる | ざびえる本舗
府内城は堀と塀ぐらいだが、横の県庁あたりの遊歩公園周辺には、滝廉太郎終焉の地の碑などがある。
駅近くに「あたみ温泉」という銭湯風の温泉がある。駅近くでは駅ビル最上階にも新しい温泉施設があるがお値段が張る。「王子温泉」に行きたかったが、今回は行かなかった。
 

国宝の臼杵石仏が最優先目標だったが、バスが少ない。
今回、行きは上臼杵からタクシー(1500円弱)、帰路は徒歩で臼杵市街に5-6km(50分)
ひとまず鉄道で臼杵に向かってしまったが、実は大分市からバスが出ているので、これが利用できると良かったのではないか。
また、臼杵駅で貸しているレンタサイクルで向かうのも悪くないように思われた。
石仏自体も良いのだが、古園石仏から見る集落の風景も良かった。
国宝 臼杵石仏 公式ホームページ
 
臼杵市街から駅までも800mほどある。駅の方向がわかりにくいので一定の勘が必要とされる。
訪問日は「うすき竹宵」の翌日で、片付け等もあり多くの商店が休みだった。
うすき竹宵 | -Official Website-
臼杵城は大友家の城だが、関ヶ原以後は美濃斎藤家の家臣出身の稲葉氏が明治まで治めた。
三菱財閥の大番頭、荘田平五郎の故郷で、荘田平五郎記念こども図書館がある。
荘田平五郎 - Wikipedia
荘田平五郎記念こども図書館 | 臼杵市役所
図書館から徒歩すぐのところに祇園さんとも呼ばれる八坂神社があり、七五三に訪れていた親子連れがおり、和んだ。
縁起の「大友宗麟キリスト教帰依による寺社仏閣の迫害を避け」という下りが面白かった。
八坂神社 (臼杵市) - Wikipedia
カニ醤油合資会社は稲葉氏移封前年の先遣隊が始めた県内最古の企業という触れ込みで、味噌ソフトクリームも凝っていて良かった。
創業慶長五年。400年以上続く味噌醤油の製造業、カニ醤油のホームページへようこそ!
 

  • 別府

別府は別府八湯と呼ばれる温泉地に分かれ、「別府温泉」は別府駅最寄の温泉地の名称でもある。
今回は湯けむりと地獄で有名な鉄輪(かんなわ)温泉に向かった。
鉄輪温泉へはバスが多く、他の温泉地に向かう場合にも経由地になりうる。
時間がなくて体験できなかったが、地獄蒸し工房は自分で料理もできて楽しそうだった。
地獄蒸し工房 鉄輪|観光施設|別府市観光情報サイト
 

由布院は朝もやが名物だが、天候的に望み薄と判断してのんびり行った。
全て普通列車で、大分-由布院が約1時間、由布院-豊後森豊後森-日田が約30分ずつ。
今回はダイヤの関係で、観光は由布院4時間、豊後森1時間、日田2時間。
今回は個別に切符を買ったが、別府泊であればJRの規定的に一枚で途中下車可の切符になるはずなので便利かもしれない。
また、別府から由布院までだけであればバスの方が便数も多く安い。豊後森から日田まではバスもあるが、時間がかかる上、高い。
逆方向であれば日田発由布院着のバスが早朝にあるので、旅程次第では便利かもしれない。
 
由布院は金鱗湖周辺がちょうど紅葉の見頃だったが、団体観光客も多く、どちらかといえば白滝川(大分川)沿いの土手から見る景色の方が印象に残った。結局乗らなかったが、辻馬車やレトロカーがかわいい。
豊後森は数日前に豊後森機関庫ミュージアム(ほぼ休憩所)ができたところだった。
豊後森機関庫ミュージアム11月オープン【予告】 | 日本一の「おんせん県」大分県の観光情報公式サイト
豊後森機関庫活用推進協議会
また、豊後森駅周辺から見る伐株山(きりかぶやま)が良かった。
日田到着は4時半ごろで、主要観光地は軒並み閉店間近だったのが残念。
日田は駅近辺の観光地(豆田町界隈)だけでなく、川沿いの風景や醸造所見学などもできるため、あと半日あっても十分楽しめたと思う。
駅前の「H TA」のオブジェがあり、駅も日田杉の産地だからか木材が多く使われていてきれい。
大分)「H TA」? 日田駅におしゃれなモニュメント:朝日新聞デジタル
豆田町に向かって日田市民文化会館「パトリア日田」が目を引く。横に戦没者の慰霊塔がある。
日田市民文化会館「パトリア日田」|大分県日田市

*1:9月に一度番組終了が決まったが、リスナーの声もあってその後撤回された。とても嬉しい。/ シンクロのシティ~半蔵門の奇跡~ - Togetterまとめ

最近聞いている音楽

いろいろ聞きはするものの、音源を買わない場合も結構あって、
いざという時に、「あれ誰の何という曲だったかしら」と思うことも増えた気がします。
特に洋楽は忘れがちだなと思うので、最近気になった OR 探した OR よく聞いている曲をメモ代わりに挙げてみる。
オフィシャルがあるやつはリンクもつけて。
 

邦楽

  • 星野 源 - SUN
  • 高橋ちか - wonderful world
  • cero - Contemporary Tokyo Cruise

洋楽

  ※これはオフィシャルではなさそう。

  • CARL DAWKINS - SATISFACTION
  • Derek & The Dominos - Layla
  • G-Swing - Sing Sing Sing
  • Bill Withers - Lovely Day

 
適宜更新するかも。

聞き耳を......。

「ひょっとして、アバンティをお探しですか? ……東京は元麻布、仙台坂を上がったこのあたりは古くからの屋敷町。そしてこの路地を曲がった先のほらあそこ、あそこがお探しのイタリアンレストラン「AVANTI」。何とも目立たない入り口ですが、土曜日夕方のこの店のウェイティングバーは常連客が集まって賑やかになるんです。さあ、着きました。私が、扉をお開けしましょう」
f:id:walker_hotate:20130331224838j:plain
TOKYOFMで1992年から21年も続いてきた、土曜5時からのラジオドラマ「Suntory Saturday Waiting Bar "AVANTI"」。元麻布のバー、AVANTIを舞台に、道案内をしてくれた「教授」と一緒に常連客のお話に聞き耳を立てるという番組です。その最終回のパブリック・リスニングを聞きに、東京ミッドタウンに行ってきました。


小学生くらいの頃、土曜日に家族とどこかへ出かけた帰り道、カーラジオから流れてくる番組の一つがこれでした。中高生になるにつれ、聞く機会は減ったり増えたりしたものの、10年以上の長きに渡り、土曜の5時に気が向くとラジオのスイッチを付けました。一時期、録音をしてみていたこともあり、親からは「録音するほどの番組か?」と言われたりもしましたが、私にとっては大人の世界を知る一つの窓のようなものだったのだと思います。
ちなみに、最終回を迎えるに当たって一つお気に入りの話を挙げるとすれば、出石尚三さん(服飾評論家)の『帽子のススメ』の話。「お前が好きだから、お前も俺を好きになってくれよ」というのが、当時の私には新鮮な驚きだったのを思い出します。
バーという場所で、しかもサントリーが提供なので、お酒にまつわる話も多くありました。少なくないリスナーがそうなのだそうですが、バーという場での"大人のお作法"、そしてお酒との付き合い方に憧れを抱きました。2007年に出たカクテルブックに、ようやくお酒と出会い始めたその頃の私は、大きな影響を受けました。大学生のやんややんやとやる飲み会に参加しつつ、もっと美味しくお酒を飲めないものかと思いながら「バーの十戒」を呟いたりしていました。*1

AVANTI COCKTAIL BOOK〈2〉―TOKYO MOTO‐AZABU

AVANTI COCKTAIL BOOK〈2〉―TOKYO MOTO‐AZABU


話と話の間に流れるジャズのメロディも好きでした。いわゆる「若者」のラジオ番組にも、日中のウィークプログラムでも聞けない曲が多かったように思います。*2 似たような曲をなんとか聞きたくて、でもジャズの中でもどういうジャンルとして調べれば良いのかわからず、図書館でジャズと名のつくCDを借りてきては、なんだかちょっと違うんだよな、と思っていました。後に麻布十番祭りで手に入れたAVANTIのCDは、今も作業用BGMの定番です。
スタン・セレクション from アヴァンティ PRESENTED BY TOKYO-FM「SUNTORY SATURDAY WAITING BAR AVANTI」

スタン・セレクション from アヴァンティ PRESENTED BY TOKYO-FM「SUNTORY SATURDAY WAITING BAR AVANTI」


スタン・セレクションズ・フロム・アヴァンティ”ヴェルデ”

スタン・セレクションズ・フロム・アヴァンティ”ヴェルデ”


どういう巡り合わせか、番組の終わりと重なるようにして、4月から働き始めることになりました。
私が今まで学んできた教育の歴史は、子供が若者になり、若者が大人になっていく、そこでの人間形成のあり方の歴史です。それは、例えば一つの見方として、「自分が大人になること」と「誰かを大人にすること」との間のせめぎ合いの中で産まれてくる関係性として見ることができます。「大人になる」ということが、どういうことなのか。それも様々な見方があると思うのですが、何を「大人」として見るのかについてのせめぎ合いもまた、その関係性の一端でしょう。*3 
私にとって「大人になる」ということの一端は、AVANTIの大人たちの会話に近づくことだったように思います。あのバーカウンターの片隅にいることができるか。常連客たちと、どんな話ができるだろうか。あるいは、どれだけ上手に、面白さを引き出しながら常連客の話をきくことができるのか、......etc.
そんなことを考えながら、また一つドアを開けにいきます。

*1:ただフォローするとすれば、学生の飲み方はそれはそれで一つの文化なのだと思います。ただその文化も、ここ数年の状況変化で大きく変わりつつあります。

*2:最近では同じTOKYOFMの「シンクロのシティ」が近い選曲をすることがありましたが、こちらも4月から時間帯が少し変わるそうです。

*3:社会教育や生涯学習と呼ばれるものがどう位置付くのかについてはここでは一端置いておきます。