最近聞いている音楽2020春一番

動向

気が付いたら半年ぐらいまとめてなかった。とはいえ秋口は何も聞いてなかったので、実質的には11月ごろからの数か月分。
「80's」とかシティポップが流行る昨今において、非常にミーハーな選曲になってしまったなぁと思うのだけれども、さてどうでしょう。

邦楽

  • KAN - ポップミュージック

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「踊る57ちゃい」のMVに心を持ってかれがちだけど、「マニアのための分解試聴」を聞くと曲も結構面白いことがわかる。後半の転調からの高いキーは「歌う57ちゃい」としても結構すごいなと思ったり。エスプリとユーモアの利いた曲で、間口が広く奥行きもそこそこという感じ。TRICERATOPS林幸治さんが「ポップですか? それはタピオカですね。間違いないです。」と答えたという話*1は、最初なんだそれと思ったのだけれど、何回か聞いてみるとなるほどとも思う。

  • Juice=Juice - ポップミュージック

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同じ系列事務所(アップフロント)内でのカバー。ヴィレッジ・ピープルのYMCAとか、ヴァン・マッコイのThe Hustleとか、1970年代の洋楽エッセンスが入って、PVは80年代初頭感。聖子ちゃんカットの破壊力ってこんな感じだったんでしょうか。

  • Lucky Kilimanjaro - HOUSE

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コロナでみんなおこもりしているけれど、もういっそ開き直ってしまえばいいんじゃないだろうか。そんな時にこの曲の「BPM125/部屋で踊るハウスミュージック/何もない休日だからこそ/ここから出ない」という歌詞の強い意志を考える。

  • Lucky Kilimanjaro - 350ml galaxy

同グループの新譜収録。歌詞的にはお酒だけど、曲は炭酸飲料を飲んで浮遊しているようなグルーブ感。「のどごしのある毎日にしたい」っていうのはいいな。

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ベースの草刈さんのソロパートが素晴らしいという話を聞いたので視聴してみたら、嶋田久作インパクトにやられてしまった。

GFJBの新譜から。サウンド・オブ・ミュージックの「So Long, Farewell」を思わせるおやすみソング。シスターズのハーモニーが心地よい。

こちらも、シスターズが「動き出せ半歩でも」と繰り返してくれる声が心地よい。中間部のジェントル久保田のパートの「NO NO」は、ちょっぴりスーダラ節のイントロっぽく聴こえた。このビッグジャズバンドはいつもとにかく楽しそうなのだけど、今回のアルバムはいろんな幅があるなと思った。

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ジェントル久保田つながりで、こちらは朝ドラファンク。篠塚登紀子さん演じる冠ワシの地味な存在感と、変身後のおかんむりダンスのちょっと笑える感がとても良い。

  • BRADIO - O・TE・A・GE・DA!

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お手上げだ\(^o^)/

  • フレンズ - Love,ya!

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このボードゲーム面白そうだなと思ったり。

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ドラマ「グランメゾン東京」主題歌として十分な歌詞だった。何というか、職人感を感じる。

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前情報なしで「屍人荘の殺人」を見てしまって、もうなんか、あんぐりと口を開けていたのだけれど、この曲は良いのではないかと思った。過去PVの再利用感は、去年やっていた渋谷公会堂こけら落とし公演「Reframe」(12月30日(月)にNHKでやってたのを見た)なんかを見ても、「Perfumeの解体・再構築感」というテーマがあって面白いなと思った。

BEYOOOOONDSは「ご時世に合いすぎてること」*2が心配されるぐらい今どきの曲を歌っているのだけれど、2019年はSASUKEの「平成終わるってよ」で始まっていって、この曲を聴きながら暮れていったなぁという感じだった。

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「シンプルに、添加物無しのご飯、みたいなのものをイメージして作りました。」*3という曲の落ち着いた声、いいなぁと思っていて、King Gnuの井口さんの声みたいなのが注目される昨今において、私はどちらかといえばこっちの方が好みかもしれない。

洋楽

2013年のElectronic Beats Festival in Grazのlive版を見ていて、打ち込みの音のボタンを全部オンにして、「I am a composer of electronic piece. Crup for me!」とやる下りがとても印象的だった。

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パッヘルベルのカノンのメロディーってずるいよね。

サウンドトラック

  • John Williams - Finale (From "Star Wars: The Rise of Skywalker")

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スターウォーズについては別記事(スター・ウォーズ断想 - Re:clam)を書いた。シークエルの4年間が終わって、作品自体にはいろんなコメントがあるけれど、9部作全てをジョン・ウィリアムスが手掛けてくれたことはシリーズの遺産だなと思う。
「マンダロリアン」はネットの感想だけぱらぱら見ただけなのだけれど、ベビーヨーダ(The Child)は反則級の何かだ。

最近見た石の風景

前回の続き。2019年下半期に撮ったものから、石の風景を中心に何枚か。
年の後半はあんまりカメラ持ち歩かなかったなぁ。

大阪

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国立民族学博物館に行った際に横を通った万博記念公園のシンボル。こういう像を見ると、何を見ているのかが気になる。

長野

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安曇野にて。今年が子年だったのであれだけど、牧場直売店の前にいた牛。
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バスに乗って弾丸だけど、乗鞍岳をちょこっと歩いた。やや曇天気味だったけれど、上がっていった頃にちょこっと雲が切れた。山頂付近は渋滞だった。

栃木

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夏の暑い盛りに涼を求めて大谷資料館に行った。数々の映像作品のロケ地等になっている、「映え」スポットなので、何撮ってもそれっぽくなっちゃう気もする。f:id:walker_hotate:20190825125744j:plain
時代によって採石方法が違うのが、壁に刻まれた痕跡によってわかるんだとか。

和歌山

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祖母の法要、とても良い天気だった。

愛知

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石じゃないけど。ちょろちょろ出てる水を浴びようとする東山動植物園のインドサイ。そこそこ寄ってきてくれた。

スター・ウォーズ断想

スター・ウォーズと私

スター・ウォーズについて語ることは、それぞれの青少年期を語ることになるので、少し気恥ずかしい。
最初にスター・ウォーズを見たのはいつだか思い出せないのだけれど、多分、エピソード1の頃にBS2か日テレの金曜ロードショーか何かでやっていた4-6の特別編なのではないかと思う。何にはまったのかと言えば、登場するキャラクターや惑星やメカの設定の奥深さだったり、ジェダイとシスの設定だった。少しして、ディアゴスティーニの「週刊スターウォーズ」が出たころ、塾の帰りに寄り道した本屋で、時々パラパラと立ち読みして帰った(創刊号だけ買った)。エピソード3公開時は、受験生にもかかわらずラジオで当たった試写会に友人と行き、6つのエピソードが完結したことを感慨深く思っていた。
マーベル系のアメコミ映画にも、スタートレックシリーズにも、ガンダムにもエヴァンゲリオンにも興味を持たなかったし、だからと言って黒澤映画とか、スター・ウォーズのルーツとなった映画に造詣が深い訳でもない。ただ、時々気が向いたときにファンダム(Wookieepedia)を覗いたりする程度の、ライトなファンでしかない。クワイ=ガンが探究した生けるフォースのことを考えたりはするけれど、様々な外伝(レジェンズ)を読むわけでもなく、アニメシリーズも通して観てはいない。そうした中途半端なファンによる、まとまらない断想である。

シークエルの位置と手法

ジョージ・ルーカスが示した9部作構想のために、シークエル3部作は特殊な立ち位置になった。シリーズの設定的には「ローグ・ワン」や「ハン・ソロ」であっても、あるいは数々のテレビシリーズであっても、カノン(正典)の一部の扱いで変わらない。しかし、9つの「エピソード」の一部を形成するということは、シリーズのコアな位置にあると認識されることを宿命づけられることである。そして、シークエルはジョージ・ルーカスの手を離れて作られることで、「新世代によるスター・ウォーズの継承」と「(幻の)9部作の完結」を要請されることになった。また、プリクエル3部作が「エピソード4」への接続を要請されたのに対して、シークエルのゴールは開放されている。過去の3部作ではゴールへの過程が重要視されるのに対して、今回の3部作では過程と共に結論が期待される。ディズニーは、様々な制約が多い一方で、いかに新しいものを見せてくれるかという期待も大きな作品を、統一的なプロットを作らず、複数の監督による連作形式で、短いサイクルで展開していく手法を取った。
それが成功したのかどうかについては、様々な観点からの評価が必要だと思うが、個人的には、カリスマによる支配を脱した物語を統治するために、新たなカリスマを立てるのではなく、複数の声を共振させていくことの可能性と限界を感じた。J・J・エイブラムスが3部作全てを監督していたら、あるいはキャスリーン・ケネディをはじめとする上層部がもう少し違ったアプローチを試していたら、という「もしも」の可能性を感じるないこともない。同様の結論に落ち着くとしても、いくつかの要素を前作で盛り込めていれば、本作でより集中すべきテーマに割ける時間が作り出せたとは思う。しかし、ライアン・ジョンソンが前作で羅生門的アプローチを取らなければ、未だに本編において(フォース・ヴィジョンではない)回想シーンは作られなかったのだろうし、設定的にも技法的にも、この方法だから打ち破れた慣例というのはあるのだろう。

パルパティーンとスカイウォーカー

パルパティーン(以下「ダース・シディアス」のことを言う)の復活については、物語の着地点としては理解できる*1。「最後のジェダイ」において、「強い光には深い闇がある」としたオク=トーでのルークの発言を踏まえれば、「スカイウォーカーの物語」に対応する深い闇としてのパルパティーンという落としどころはしょうがないのかなと思う。パルパティーンは何を目指していたのかを考えるのならば、ジェダイの殲滅と、シスによる銀河の支配なのだろうけれど、プリクエルにおけるあの周到な暗黒卿の姿を思えば、最初からレイとベンの生体エネルギーを吸収して自身が復活するシナリオぐらい描いていそうである。レイに自身を殺させることで云々といった下りは、まぁそういうこともあるのかもしれないが、彼一流の煽りなのではないかと思った。そう考えれば、彼にとっては、ベンによるハン・ソロ殺しやスノーク殺しは、プリクエルにおいてアナキンに対してドゥークー伯爵殺しの試練を与えたようなものなのかもしれない。
スカイウォーカーとパルパティーンの対比は、強力な血統の連なりということになってしまって、「NARUTO」における大筒木アシュラと大筒木インドラのような構図になってしまったような感も受けた。そうすると、ナルトとサスケによって倒されるカグヤのような構図だろうか。あまりよく当てはまらないかもしれないけれど。ただ、スカイウォーカーとパルパティーンという2氏族を超えて「強いフォース(感応力)」であることが、結局血脈の問題として処理されたとする評価は、フィンの下りや、アニメシリーズでジェダイ・シス以外のフォース感応者を様々に登場させていることを考えれば、早合点なのではという気もする。今はレジェンズとなったユージャン・ヴォングがいつ(スローン大提督と同様に)銀河系外から出現してくるかわからないので、シリーズ全体としてバランスがとれていれば良いのではないだろうか。この辺り、ハリー・ポッターシリーズ的な、血統主義を優先する敵役に対して当人の資質を優先する主人公側という感覚もあるのかもしれない。

血族と家族

政治家の祖父が政治家であることが問題として議論されている国にいると、「祖父が誰であるか」は製作者の意図以上に注目されるのかもしれないけれど、レイの出自については、前作における「誰でもないこと」の方が、重要なのではないかと思っている*2。この辺は後にノベライズ等で追加情報が出てくるような気もするけれど、終盤でのパルパティーンとの掛け合いで、レイの両親についての話になった時にも、パルパティーンが「誰でもない」=「特別な才能の無い」というネガティブな評価を示していたのに対して、レイは「誰でもない」ことをむしろ誇るべきこととして述べていたように見えた*3
レイアが「レイア・ソロ」あるいは「レイア・オーガナ」(彼女は一貫してスカイウォーカーの姓を名乗っていないはず)であることを考えるならば、レイがパルパティーンの名を名乗らないことそれ自体はあまり問題ではないのではないかとも思う。しかし、レイはファミリーネームを求められるし*4、ジャナもランドにルーツを探しに行こうという言葉をかけられる。「選ばれし者」としてアイデンティティが外部から与えられた上で、それに対する様々な感情を描いたプリクエルに対して、シークエルにおける登場人物のアイデンティティはみな(ルークでさえも)揺らいでいて、しかしその上で、自分の寄って立つところを自ら見出していく過程こそが焦点化された。
スター・ウォーズは「家族の物語」だと言われる。オリジナル3部作が「家族の和解」、プリクエルが「家族と愛」を描いたのだとすれば、シークエルの課題は「プロジェクトとしての家族の形成」であったような気がしている。端的には、終盤でパルパティーンが「新しい家族」という言葉を使うシーンが象徴的で、文脈的に、その「家族」は血縁者ではないし、恋人でもない。もちろん、ここでの"Family" には仲間(=レジスタンス)という意味も表しうるので、訳語の問題とも言えるかもしれない。しかし、多様な家族の在り方が社会的課題となった現代社会を踏まえるなら、家族の在り方自体がかつての(オリジナル3部作の時代の)それではないことは考慮に入れるべきであろう。現代における家族の困難は、家族が家族であることによる困難にとどまらず、個人が家族となること自体の困難さなのである。本作でその課題に十分な答えは出せていないとは思うし、現実の社会もまたその課題を乗り越えられてはいないけれど、そこに何らかのポジティブな光を当てようとしたのかなとは感じた。

結びに代えて

個人的にはクワイ=ガンが再登場してくれて嬉しいし*5ジェダイはフォースを知識と防御のために使うのだという教えに忠実であり、ヨーダやルークがかつての自分について反省していることもわかり、自分が何者であるかは自分で決めることができるのだというメッセージには好感を持った。様々に、満足な点も不満足な点もあるけれど、ひとまずは、「あぁ、2010年代のスター・ウォーズが終わったんだな」と思った*6

*1:ダース・モールの件もあるし、そこまで驚く話でもない。

*2:パルパティーンの孫がベイダーの孫と同世代であるという点は気になっていて、どちらも種族が人間である(世代再生産のサイクルが同じと仮定される)ことを考えると、曾孫の方が適切な気もする。ただ、恒星系が違ったりするとそういうこともある、とか言い訳はいろいろ考えられそうである。

*3:先のハリポタ的感覚からすれば、両親の「加護」ともとれるのかもしれない。

*4:ファミリーネームへのこだわりを何度も見せられて、文化的にファミリーネームを持たないミャンマーのことを考えたりもした。

*5:しかし時代的に霊体化できなかったはずのジェダイが登場するのは何なのだろうかとは思った。

*6:「マンダロリアン」が2010年代のスター・ウォーズ史的にどういう位置づけの作品になるのかは、また別として。

シンクロする記憶

東京の声とシンクロする
今朝電車で見かけたあの人
さっきコンビニでレジに居たあの人
隣の車に乗ってるあの人


年齢も出身も、価値観だって違う
ただ共通しているのは、ここ東京に暮らしているということ
このラジオから聞こえるのは、そんな東京に暮らす、今を生きる人たちの声
会ったことが無いのに、自分に似ている言葉、知っているような感覚
声を聞いて想像して、自分に重ね合わせる
知らない誰かとシンクロする


(TOKYOFM シンクロのシティ オープニング口上(2019))

TOKYO FMの「シンクロのシティ」が放送開始から9年で最終回を迎えた。


この番組を聞き始めたのはおそらく2010年の秋で、進学やら卒論やらで将来に不安があるような時期だった。
近隣自治体の図書館に行きかえりする際の車の中や、夕暮れの院生室で、先の見えない暗中模索感と気ばかりが急く空回り感を抱えながら、まだ始まって日が浅かったRadikoで聞いていた。そんな時、口ロロの「Tokyo」をアレンジしたオープニングと、「東京の声」に注目した番組コンセプトが、安心をくれるような気がした。




番組を象徴するオープニング口上は、何度か変わっていて、一番好きなのは2015年ごろの堀内さんのオープニング口上の「ずっとこの街で暮らしている人も、今日偶然この街にいる人も。進化する東京とシンクロする」という言葉だった。
FMの平日ワイド番組の良さの一つは、タレントの個人的な話を聞くのではなく、一方でハガキ職人のネタを聞くのでもなく、市井の人々の声を拾い上げていくところにある。この番組は「VOICE収集隊」が街に出て行って、街の人の声を拾ってくるという点で、ハガキやメールに留まらず、いろんな人の生活や考えを紹介してくれた。下町の和菓子屋のお爺ちゃんに「好きな匂いって何ですか」と聞くと、「やっぱりコーヒーの匂いがいいね」と、少ししゃがれた声で帰ってくる。再開発の続く首都圏の話をきっかけに、街の占い師さんに「これから来る街ってどこですか」と聞いてみたりする変化球も楽しかった。
クリエイティブ・ディレクターで放送批評家の池本孝慈さんは「いい意味でも悪い意味でも、ああ東京だなあ、と思うラジオ番組」と評されていて、なるほどと思ったのだけれども、ポップで、ごった煮で、それでいて生活から離れない、そんな番組だった。



そのポップさの一端は選曲にあって、TOKYOFMの他のワイド帯の番組に比べて、洋楽中心だけどジャンルレスに紹介される曲に、「あ、この曲楽しい」と思わせてくれることが多かったように思う。それが、街の人の声や、その日のテーマに合った曲(BGMを含む)が、時には目の前の世界の色を変えたりもした。
番組開始以来、長らくエンディングテーマはThe eskargot milesのスカで、夕方から夜にかけての心の重さを、この曲を聞くたびに和らげてもらった気がする。


The eskargot miles - 君と笑えば
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The eskargot miles - はじまりの毎日
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平日日中に働くようになってからは、ほとんど聞けなくなって、たまに祝日でかつホリデースペシャルの無い日に聞くような感じになった。
2015年の秋の改編で、一度番組が終わりかかって、その後番組継続が決定するというドラマチックな展開になった件は、Twitter越しに眺めていた。


togetter.com


2016年の秋にはRadikoのタイムフリーが始まって、通勤しながら、ふと気が向いたときに、3時台のVoice of Tokyoだけ聞くような感じになった。
たまにスタッフの入れ替わりがあったり、コーナーが変わったりはするけれど、いつも堀内さんは変わらず、いろんな人の声を紹介して、みんなに「こんな世界もあるよ」と伝えてくれた。「いろんな人がいろんな生活をしていて、そして、あなたも世界から尊重されるんだよ」と言ってくれているような気がした。ちょっとした社会問題も取り上げながら、絶妙にバランスを取ってくる上手さがあって、それは「まだ、作られていないストーリーの種」と「その未完成なストーリーの残りを紡ぐリスナー」とを橋渡ししてくれるパーソナリティーの力量だったんだと思う。
この辺は耳目の一致しているところで、例えば『BRUTUS』773号(2014年3月15日号)の特集「なにしろラジオ好きなもので②」では、こんな書かれ方をしている。

堀内孝之は、多様な意見に耳を傾け、街のVOICEとして取り入れる対話型パーソナリティ。いつでもリスナーと一緒に考えようと、胸襟フルオープンで待ち構える現代のアニキ。意見が対立して白黒つけたがっている場合には「こういう赤もあるんだよ」と別次元の価値観を引用できる懐の深さ。開かれたラジオを実践中だ。
BRUTUS』773号, 2014年3月15日, p.31.


9年も番組が続いていて、しかしいつ聞いても、この感覚は続いていた。
最後の2か月ほどのエンディングテーマを歌っていたD.W.ニコルズのnoteで、ギターの鈴木健太さんもこう書いている。

僕はだいちゃんほどシンクロのシティは聴いていなくて、たまに聴いていたって感じだった。でも、たまに聴くたび、いつも同じ堀内さんはそこにいた。いつだってスタンスやものの考え方が一貫している。聴くのがたまにだったからこそ、よくわかる。

Farewell Party|D.W.ニコルズ BLOG|note


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23日にふらっと銀座ソニーパークスタジオに行って、生放送を聞いて、堀内さんとMIOさんと握手してもらった。確かスペイン坂スタジオの時も1度行ったような気がするけれど、銀座ソニーパークスタジオは視聴者を遮るガラスすら無くて、最後がここで良かったなと感じた。
最後のFarewell Partyには行けなかった。後からTwitterを見ていたら楽しそうで、お休み取って行ければよかったかな。寂しいな。でも、タイムフリーをちょっとだけ聞いて、D.W.ニコルズのこの歌詞が、ちょうどいいエンディングだなと思った。

今日の自分は80.0点 100点満点と見せかけて 実は80点満点
いつもの風景 さよならまたね。

Goodbye - YouTube

最近聞いている音楽2019盆の月、中秋の月

動向

書こう書こうと思っていたら、夏が終わってしまった。

邦楽

  • End of the World - Lost ft. Clean Bandit

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Clean Banditとコラボするんだな、という点に注目すると、曲調のClean Bandit感が先に入ってきて、あれ? と思うのだけれど、Fukaseの声で、芯のところにSEKAI NO OWARIがいることを感じる。up up up up...と続く部分が気持ちよい。

  • ジェニーハイ - ジェニーハイラプソディー

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登場時は、SEKAI NO OWARIとどこかイメージが重なってしまっていたゲスの極み乙女。なのだけど、こちらのフロントマンは今、こんなことをしているらしい。いろんなネタを混ぜ込んできて、全体のポコポコ感とサビの変な動きで中毒性を醸し出している曲。

  • 渡會将士 - モーニン

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クーラーのきいた部屋で朝ごはんのトーストを食べながら、MVの料理風景が結構おおざっぱだなと思って見ていると、曲調もちょっとワイルドになってくる。溢れ出る「午前中」感を聞きながら作業するのも楽しい。

 

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前曲が「午前中」だとすれば、では、昼下がりはどうか。最近聞いている曲の中では、これだと思う。サビのあたりをラララで鼻歌みたいに歌いながら、調べ物をしたり、文章を書いたりしたい。MVのどっきりビデオ感はあまり好きではないけれど。

黄昏時の風情がある曲。歌詞中にも「日が暮れたら」という歌詞がある。

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「ここにはいないドクとかマーティー」とか、明らかにバックトゥザフューチャーネタが入っているんだけれど、この映画シリーズって、どの程度若い人まで認知されてるんだろうかという疑問がある。

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熊木杏里さんは、NACK5でラジオをやっていた時期によく聞いていて、何となく親しみがある。長野電鉄に乗った際、名前の由来である杏の里を通ったりしたときも、この辺で育ったのか、と思ったりした。最近は地元を中心に活動しているらしいとは聞いていたものの、久々に全国CMで出会えたのが嬉しい。

  • ラッキーオールドサン - ヤッホー

インストアライブなるものに珍しく行ってみて、一番良いと思ったのがこの曲。こういうカントリー調の曲、結構似合うバンドだと思うんだけどな。最近は新曲の録音を始めたみたいで、また次の展開が楽しみ。

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Mrs. GREEN APPLEは良い意味で変わらずにこういう曲を作ってくれて、ありがたいというか、すごいなぁと思う。

TOKYO FMの「シンクロのシティ」という番組の新エンディングテーマ。東京の街に繰り出して街の人にインタビュー(ボイス収集)をしていく番組で、この曲もまたそういうテーマが含まれている。長らくThe eskargot milesの曲がエンディングだったのだけれど、ついに変わってしまうんだなぁと思っていたら、番組自体が終了してしまうらしい。大学院時代からの自分を支えてくれた番組なので、とてもさみしい。

洋楽

  • Fifth Avenue Band - Nice Folks

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昔、NHKでやっていた海外ドラマの「ボーイ・ミーツ・ワールド」のシリーズで、校長先生が生徒にオペラを聞かせに行ったら、その子はメインテーマを聞くや否や「バックスバニーだ!」と叫んだ、というシーンがとても印象に残っている。そのオペラとは全く関係ないけれども、この曲を「山下達郎のサンデーソングブック」で聞いたときは、「福山雅治のTalking FMだ!」と叫びそうになった。(番組ジングルの1つの元ネタと思われる)

  • The Puppini Sisters - It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)

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人からおすすめされたアーティストなのだけれど、こういうヴォーカルジャズは結構好きで、ツボを突かれた感がある。

  • Carly Rae Jepsen - Now That I Found You

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主に全編がねこちゃんというか、ねこちゃん狂時代。全く関係がないけど、猫が大好きだった祖母が他界して、諸々の法事が終わったところなので、空の上で猫と遊ぶ祖母のことを考えたりもする。

  • I Don't Know How But They Found Me - Do It All The Time

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クラフトワークスっぽいって言われそうと思って人に紹介したら、まさにそういう感想が返ってきた。

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ラジオか何かで聞いて良いなと思っていたのだけれど、満月が雲に隠れてしまった野辺山の夜に、友人のギタリストが何気なく弾き始めてくれて、自分の中ではそういう曲になった。

インストゥルメンタル

  • tricolor - Anniversary

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アイルランド民族音楽をベースにしたバンドのようで、フィドルの音色が心地よい。ほんの少し、もの悲しさのある中にこそ希望はあるのだ、というような、そんなことを思わせてくれる気がする。

  • tricolor - Letter from Barcelona

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波打ち際のさざ波のような出だしから、そうか、バルセロナって港町だったっけ、と思い起こす。だんだん夜が更けていくと、音楽と踊りとおいしいご飯とワインのある景色が広がっていく。そんなバルセロナからの手紙。

  • tricolor - A West Ocean Waltz

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途中に「北国の春」の「あの故郷に帰ろかな」という歌詞を思わせるフレーズが出てきて、望郷感を煽っていくスタイル。

  • fox capture plan - We Are Confidence Man

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コンフィデンスマンJPの映画第2弾が決まったようで、おめでとうございます。それにしても、いつからいた五十嵐…。

最近見た水の風景

自分の中で、「写真を撮ること」の意味がわからなくなって久しい。
記憶のトリガーとして、押さえておけば良いやという程度のカメラ遊びはしているのだけれど、昔のように何から何まで撮ることもないし、カメラに付いている機能を駆使して遊んでみようとすることも、あまりなくなってしまった。特段に気負わずに撮る、なんちゃって写真ばかりなのだけれど、ただ最近は、ほんの少しだけ、リハビリのようなことをしてみようかと思って撮ってみている。
以下、今年上半期に撮った写真から、「水」にまつわるものをいくつか。

ストックホルム

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スカンセンからガムラ・スタンへの水上バスから。1月の湾は氷が浮かんでいて、場所によってはそれをかき分けて進んでいた。陽は、まだ高くのは登らない。

京都

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南禅寺水路閣は琵琶湖疎水の名スポット、スマホで写真を撮る人を後ろから撮ると、なんだか鏡の国にいるようで。

上野

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東京国立博物館、春の庭園開放。のどかだった。

和歌山

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加太から淡路方面を臨む。夕暮れの少し前の時間に見えた天使のはしご。

長野

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高山村の雷滝。「裏見の滝」というほどには奥まではいかせてくれない。シャッタースピードをいじるのは鉄板過ぎると思うし、ホワイトバランスを白熱電球にするのもありきたりだけれど、やっぱり撮ってみるとそれなりに楽しくはある。

富山

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雨晴海岸の道の駅(義経岩)。踏切と線路と海、しかし滞在時に電車は通らなかった。踏切に対して正対していないのもあるのだが、こういう写真を後から見返すと、適切な水平線とは何かということに悩む。


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線路を抜けた先。階段を降りると、ブイが一つだけ流れ着いていた。好天だったけれど、山脈のあたりは少しもやもや。

最近聞いている音楽2019薫風

動向

動向らしい動向もなく、それはそれで問題なのである。
GWには、ラッキーオールドサンのインストアミニライブに行った。

邦楽

  • ヨルシカ - だから僕は音楽を辞めた

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4月19日の「バズリズム02」(日テレ)で紹介されたのをみてチェックした。連休中にタワーレコードの新宿店に行ってみたら、新譜発売のタイミングだったのもあってか猛プッシュされていた。疾走感のあるテーマなのだが、間奏のピアノスケールとか、細かいところの音色は繊細。

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1-3月クールの「イノセンス 冤罪弁護士」(日テレ)主題歌。King Gnuは「Tokyo Rendez-Vous」の印象が強くて、なんだかいつも「うんざりだー」と歌っているような気がするのだけれども、実はそんなことはないらしい。この曲も「うんざり」という言葉は曲の後半に1度だけ出てくるだけなのだ。上述のヨルシカの曲が、変わってしまった自分に対するやり場のない憤りなのだとすれば、King Gnuのこの曲は、過去の自分に対する後悔を引き受けて、うんざりしながら生きていくことを歌っているという点で、ある種の延長上にある曲としても位置付けられるのかもしれない。(適当)

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界隈では「赤羽橋ファンク」と呼ばれるらしい、ハロプロディスコサウンド。発表当時はそうでもなかったのだけれど、何度か聞いてくると「夢に見てた自分じゃなくても/真っ当に暮らしていく/今どき」という児玉雨子の詩が効いてきた。

ハロプロつんく♂にしろ、AKB/坂道界隈の秋元康にしろ、年配の男性作家が書いた詞曲を10代女子が歌うのがこれまでのアイドル楽曲の一般的な形式だったわけだが、ここにきて歌う側と作る側の年代が一致、つまりシンガーソングライター的な自作自演の作法により近づいてきているのが近年のハロプロ楽曲ということになる。そこでは歌うアイドルが楽曲に感情移入しやすく、さらに受け取る同性女性リスナーにとっても共感しやすいという事態が多く起こっている、のかもしれない。

女性作家の台頭にも注目 - Real Sound|リアルサウンド

という批評もあるけれど、ある種特殊なジェンダー構造の下にあったアイドルサウンドが、構造変化の状況を迎えているのだとすれば、とても興味深いなと思う。一方で、ハロプロの歌詞は、愛を歌いつつ、独特の社会観を提示してきたという気もしていて、その現在地としても理解できるのかもしれない。

  • FFJの歌

朝ドラ「なつぞら」で登場した。日本学校農業クラブ連盟(Future Farmers of Japan(FFJ))という団体名や、こういう歌を作る状況というのが、とても1940年代から1950年代の日本っぽい(なお、FFJは現在も活動を続けている)。「あまちゃん」の時に岩手県立種市高等学校海洋開発科の「南部ダイバー」が流行ったことを念頭にしたのかどうかはわからないけれど、NHKは、こういう曲を見つけてきてドラマに生かすのは上手だよなと思う。

FFJの歌ではないけれど、こういう愛唱歌的なものとしては、1970年代の荒井由実「瞳を閉じて」(長崎県立五島高等学校奈留分校の校歌)のことを想起せざるを得ない。奈留島全体の愛唱歌にもなっているというこの曲は、「遠いところへ行った友達に/潮騒の音がもう一度届くように」という歌詞に象徴的なように、島に残る/島から出ていくという、(特に高度成長期の)人口移動の問題を意識しているようで、とても「時代の歌」感がある。個人的には「NHKアーカイブス」のテーマソングとして使われていたのが印象に残っていて、深夜に作業をしながら聞いていた記憶がある。

  • ラッキーオールドサン - 旅するギター

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晴れて男女デュオから夫婦デュオになったラッキーオールドサンの新アルバム。最近では、AppleのCMに「やりたいようになりたいように」が起用されるなど*1、ファンとしてはほんのりうれしい日々である。前作のフォーク調から、今回はロックンロール調に変わったけれど、このバンドの行く末を眺めていたいという感覚がある。CDの表題曲であるこの曲の「地球の上に朝がくる/くるっと回って夜がくる/つづきをみたい旅するギター/ハローグッバイ 今日を歌うだけ」というサビに、生活を歌い、少し仄暗く、でも明るい、ラッキーオールドサンらしさがあるような気がした。次は何をしてくれるのだろうか。
他の収録曲はまだ聞きこなせていないので、また。

  • SASUKE - 平成終わるってよ

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15歳の子が30年余りの時代を歌う曲なのだが、うまいこと時代をつかんでいるような歌詞が巧み。曲調の軽やかさが、改元のどうでもよさを茶化しつつ、「次の時に向けて」と述べるような。このMVは悪くないのだが、バラエティ番組でひな壇芸人と踊るタイプの曲なのかはちょっと疑問。

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「「英語に聞こえる日本語、日本語に聞こえる英語」をテーマにしたトリックソング」と提示され、細かいところまで気の利いた歌詞は、さすが岡崎体育とのコラボである。英語詞と日本語詞のすれ違いと、ちゃっかり入っているMONKEY MAJIKの宣伝が面白い。

  • JYOCHO - つづくいのち(circle of life)

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Youtubeの広告で入ってきて知った曲。ストリングスと透明感のあるボーカルがそよ風のよう。

インストゥルメンタル

インストゥルメンタルバンドの系譜はよくわからないのだが、2018年に20周年を迎えたバンド。春から初夏にかけてのさわやかな風に合うのはこの曲かなと。

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Spotifyで適当なプレイリストを流し聞いていて見つけたピアノトリオ。こちらも時期に合うさわやかなものを。

  • Seiho - I Feel Tired Everyday

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こちらもSpotifyで適当に聞いていて引っかかったテクノ系の曲。