最近聞いている音楽2022桜東風

動向

なんだか撤退戦を強いられているような、長い冬が終わったら、異動になった。四月の風は特に乱気流で、あっちこっち振り回されたりもしたのだが、中村佳穂が「いき延びるたび」と歌っているのを脳内でリフレインしながら、最近は誰彼に「ひとまずは生き延びるのが大事です」と繰り返していた。ようやく一息つけそうな見通しが見えてきたようだ。
病やら戦やら何やらの、現在進行形で続くダークサイドの雲をなんとかやり過ごすのか。深刻になりすぎず、一方で忘れず、どう付き合っていくのが我々にとって良いことなのか、考えたりしている。目の前の心地よいものや小さな幸せを大切にしつつ、社会とどう関わっていくか、というか。頭の中のオードリー・ヘップバーンが「Show me!」と歌っていても、はっきりしない言葉しか紡げないところがちょっと辛いけれど。

邦楽

  • ASOBOiSM - 明日はくる feat. 関口シンゴ

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「明日はくる」というテーマは、暗にネガティブな今日からポジティブな明日への転換に希望を見出すことが一般的ではないかと思うのだけれど*1、そこでは「転換」があることから直線的な時間軸が想定される。しかし、この曲は「ぐるぐる回る」円環的な時間軸が採用され、「良いことかも/悪いことことかも/わかんないけど」「とりあえず」くる明日を歌っている点に、今っぽい力みのなさを感じる。

  • 中村佳穂 - Hank

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仮歌作っていた時にスタジオの近くに阪急があったからという理由で仮タイトルをつけていたら、「糸の一束」という意味があると知ってそのまま曲名にしたという話を聞いた。本当かしら。でも、それは歌詞が言うような些細なことなのかもしれない。
「些細なことだよきっと/大事なことはねほんと/ここにいるのはねきっと/救われるためだよ」

  • 松木美定 - 実意の行進

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アウトロのピアノが良い。心のゆらぎや非一貫性のようなものを歌う例はいろいろあるけれど、行進という統率された語感のあるタイトルは不思議だなと思う。

  • Athos feat, tea - Higher, higher

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「グレートトラバース3 ~日本三百名山全山人力踏破~」が長い旅路を終え、番組で撮った映像でPVのような映像を流していたのが印象的だった。三百名山の中では、雪の鳥海山から日本海を望む風景が素晴らしかったので*2、冬山は難しいだろうけれど、一度行ってみたいなと思った。

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近年の80'sシティポップリバイバルの中で注目された曲の一曲らしい(1981年発売)。


件のDJであるNight Tempoによるedit ver.もあるのだけれど、原曲の方が面白いかな。

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この曲を根本さんの声で歌われるの、ちょっと反則なんじゃないかと思う。

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ちょうど最近だとサントリーの「ほろよい」CMで、kZmと佐藤千亜妃による「今夜はブギー・バック nice vocal×水星」と、池田智子とTENDREによる「水星×今夜はブギー・バック nice vocal」をやっており、tofubeatsの「水星 feat. オノマトペ大臣」のマッシュアップで「水星にでも旅に出ようか」と歌っている。そんなタイミングで聞くと「月でも目指そうか」という本曲は、少しスケールが小さく感じてしまうところもあるのだけれど、しかしなんだかこの曲調は、公転周期が一回りしてきたような感じもする。

洋楽

  • Prequell - Part V

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プリケル(Prequell)とは、フランスの指揮者トマ・ルーセル(Thomas Roussel)によるプロジェクト名、らしい。奏者が縦に並ぶこのライブバージョン(パリ五輪の前哨戦イベント?)は、音ズレをどうやって調整したのだろうかと思わせる(演奏大変そう)。カリンバみたいな金属音とドラムによる特徴的なリズムと、ストリングスのドラマチックなメロディが興味深い。

  • H6im - Seto kiil ja vinne kiil

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エストニアのバンド。セトゥという少数民族のグループらしい*3。言語はよくわからないんだけれども、「セトゥ語とロシア語」みたいな曲名なんだろうか。関係ないけれどGoogle翻訳にかけると「瀬戸」と訳されて、妙なミスマッチ感がある。

  • 李克勤 - 紅日

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香港ポップス「四天王」の一人、李克勤(Hacken Lee)による大事MANブラザーズバンド「それが大事」のカバー。この広東語バージョンは1992年に発売され、TVドラマ主題歌になっていたらしい(中国でのカバーとしては、その後2005年に北京語バージョンも作られた)。ラストに向かってスピードアップしていくのが特徴なのだろうか。中国のインディーズゲーム「昭和米国物語」の主題歌が本家のそれだったのを機にいくつかのカバーを聞いてみて、この曲の広がり方や各地での受容のされ方を考えたりした。

  • Trio Mandili - Kikile

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ジョージアのフォークトリオ。同国の民族楽器であるパンドゥリについて調べていて見つけた。3人のハーモニーと自撮りの映像に映り込む町の人々の風景が楽しい。

  • Trio Mandili - Galoba (The Prayer)

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同グループがロシアのウクライナ侵攻の翌日に上げた曲。

その他

  • Raujika - Aiso Logic

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J-WAVEの「UR LIFESTYLE COLLEGE」のエンディングで吉岡里帆が今日のまとめを言う際のBGM曲、オルゴールみたいな良い曲だなと思っていたのだが、この曲のアレンジらしい。

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春の烈風の名を持つ曲なのに、曲調はやさしく、ほんの時折一陣の風が吹くような感じの曲。そういえば、異動前の最後の夜に、職場を出てすぐの交差点に来たところでふっと花風が吹いて、散り際の桜が雪のように舞い落ちてきて、何かの一区切りを祝われているような気がした。

*1:坂本九明日があるさ」、高橋優「明日はきっといい日になる」等

*2:関東から行きやすい甲信の山々からは基本的に海は見えないので、そういった物珍しさもある。

*3:H6im - Seto Folk

最近聞いている音楽2021波風・冬凪

動向

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い夏が過ぎ、なんだかんだでいつの間にか秋も終わり、「9月のことを覚えているかい」と歌うEarth Wind and Fireな気持ちでまとめている。
11月末は、中村佳穂が過去のライブ映像を無料オンライン配信する企画「きおくのきろく」を、ぽつぽつと聞いていた。細田守の映画は結局見ないで終わってしまったし、まぁそれでいいかと思っていたのだけれど、まさか紅白に出るとは。ライブのアレンジが独特で楽しいので、ライブ映像を見終わった後に配信音源に戻ると、なんだか少し物足りない。

邦楽

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作者のドトール愛から生まれた曲が、後に店内放送に採用された*1。秋口にとあるドトール店内で実際に聞いたが、店内音響とイヤホンとで聞こえ方が―特にビートが―違うように思った。アルバイトの店員たちが「最近、頻度上がってない?」「サブリミナル効果を狙って?」などと話していて、そちらの方が面白かった。「やなこと全部けすよ スワイプ」って歌詞が今っぽいのかもね、と思いつつ口ずさんでいて、気づけばもう師走になった。

  • ZARD - 君と今日の事を一生忘れない

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ZARDのサブスク解禁でいろいろと曲を聴いていて、ふとこの曲の複雑な構造と歌詞が懐かしくなって、何度かリピートした。アルバム「君とのDistance」は2005年9月7日発売だったらしく、そういえばと、その当時のこと―まだ駅にCDショップがあって、このアルバムが視聴デッキに入っていたころのこと―を、うっすらと思い出したりした。

  • ZARD - 遠い星を数えて

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ZARDのサブスク関係で、「ZARD BLEND II〜LEAF & SNOW〜」のシークレットトラックで聞いたこの曲は入っているんだろうかと思ったが、どうやら入っていないようだった。当然他のアルバム(上記SpotifyリンクはシングルのB面)に収録されているので聴けるのだけれど、「永遠〜君と僕との間に〜」(CMで使用されたショートバージョン)の後にあった「無音の数秒」は割と良い味があって、それに慣れているとないと少し寂しいかも、と思ったりした。

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爽やかな背景で「インターネットで喧嘩すんな」と言われる曲。

  • ポップしなないで - 支離滅裂に愛し愛されようじゃないか

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もろもろのストレスフルな毎日に、支離滅裂な素直さが、すっと入ってきた。
「ところで愛を誓いますか?」「はい勿論です!」
東京オリンピック開会式のピクトグラム映像を担当したほぼ同世代の作家による愉快なMV。

  • 加山雄三とザ・ヤンチャーズ - 座・ロンリーハーツ親父バンド

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数年ぶりに聞きたくなった。この曲を不定期的に聞きたくなるのは、なんだかさだまさしの術中にはまっているような気がするのだが。しかし、これ11年前(2010年)の曲になっちゃったか。

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杏里に提供した曲のセルフカバー。2016年の「S-mile ~40th Amii-versary~」のバージョンの円熟味が凄くて、全然別の映像を想起するような気がした。ついついバージョン違いを聞き比べてしまった。

洋楽

  • Airhead - Autumn

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Airheadは、ジェイムス・ブレイクの幼なじみ・ギタリストのロブ・マクアンドリュース(Rob McAndrews)の音楽名義、らしい*2。ボーカルはAndrea Balencyという人のよう。

  • Sam Ock - Know Better

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コーラスがやさしい。

その他

  • SAMBA TEMPERADO 2019 - LUPIN THE THIRD JAM Remixed by fox capture plan (カワイヒデヒロ)

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ルパン3世の新シーズンが始まり、カリオストロ以来の緑ジャンパーだとか、ついに次元大介が声変わりするとか言われる中、大野雄二の過去の曲をいろいろと聞いていた。特にSAMBA TEMPERADOはライブ版も含めていくつか聞いた。

  • Papik & Alfredo Bochicchio - Samba Pa Ti

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サンタナが1970年に発表したインストゥルメンタル曲のPapikらによるカバー。邦題は「君に捧げるサンバ」。

  • Woodkid - Prologue

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東京オリンピックパラリンピックの各閉会式で流されたパリ大会の予告ムービーで印象的だった曲。コーラスの若い声が「若い者の励みになる」大会の演出っぽいなと思う。同時中継でパリの街に飛行機雲を流す際の現地のイベント会場のステージ映像を誰かが上げているのを見ると、ちょうどいいタイミングで、スケートボードか何かの子が腕組みをしてポーズを決めており、なんとなくそんなイメージが付いた。
東京大会では、佐藤直紀さんの表彰式の曲や、蓮沼圭太:作詞・作曲、坂本美雨:歌の「いきる」も良かった。

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「おかえりモネ」が終わってしまって、朝なんとなく聞いていた劇伴曲が聞けなくなってちょっと残念…と思っていたらサウンドトラックが第8集まで公開されて嬉しかった。アン・サリーさんの声(特にハミング)や坂本美雨さんの声は、夏の朝ドラもいいけれど、冬の青空の中で聞き直すのも乙かなと思っている。

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NHK教育の「クラシックTV」のYoutuber特集で最近のインストゥルメンタル系のYoutuberや、この曲を含むいろいろについて取り上げていて、面白かった。また、別のタイミングで、この曲について話をしていて「クラシックの体をしたダンスミュージックだ」という旨の感想を聞いたのが印象的だった。

最近聞いている音楽2021夏至夜風・白南風

動向

原稿仕事のお伴とか、ドラマの劇伴(ただし見ているとは限らない)とか、外国のネオトラッドなやつとか。直近では「ずっと真夜中でいいのに。」の「あいつら全員同窓会」がCMで流れてきて、CM映えする曲だなと思ってちょっと気になり始めたけれど、まだ挙げるほどではないかな。

そういえば、毎度この記事書くと「邦楽-洋楽-その他」の境界線がよくわからなくなるのだけれど、今回はひとまずアーティストの所属地域と歌詞の有無で分けている。そうするとどこからが歌詞だろうか、という話になるけれど…。

6月は窓を網戸にしていると良い風が入ってきたのだが、梅雨明けで一気に湿度が上がったな。

邦楽

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「おかえりモネ」(NHK)主題歌。ドラマ本編も楽しく見ているのだけれど「おはよう 僕は昨日からやってきたよ」という声を出勤前に聴いて家を出ると、とても「健康的」な感じ。一方で、「水たまり」の視点*1を配置してバランスを取る辺りがBUMP OF CHICKENだなと思う。そういえば、先日(7/17)の土スタで、斉田季実治さんが「天気予報で『良い天気』というフレーズは使わない(人によって「良い天気」の意味が違うので)」という話をしていた。

  • STUTS & 松たか子 with 3exes - Presence (※I-V, remix)

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「大豆田とわ子と三人の元夫」(フジテレビ)主題歌。ドラマの方は、繁忙でほとんど見れなかったのだけれど、相変わらず松たか子の出るドラマは主題歌が楽しい。いくつもバージョンがあってどれも良いけれど、個人的にはVが好みかな。

  • 坂東祐大 - All The Same feat.Gretchen Parlato,BIGYUKI

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「大豆田とわ子と三人の元夫」劇中歌。前述のとおりドラマ本編はほとんど見れなかったので、この曲が流れている場面の印象もないのだけれど、とても良い曲だよね、と思う。

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ばかうけ」のような鳥のMVと木琴の音。春先は朝これを聞きながら歩いていて、とても心地良かった。

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「珈琲いかがでしょう」(テレ東)のオープニング曲で、こちらはドラマも見た。7歳の長男の作る「ストーリー」を発案として作られた曲。MVの画面上に現れる解釈が、良くも悪くも「小沢健二らしい」なぁと思いつつも、ちょっと面白い。

  • 中村佳穂 - アイミル

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去年の配信ライブで披露されていた曲の音源化。何かを知って世界を広げていくことの応援歌。しかし、中村佳穂さん1992年生まれでまだ20代なのか。

子どもから見たら、29歳ってめちゃくちゃ大人じゃないですか。そういう子たちに私が何をおすすめするかなと考えた。それで、「君が知ったことがすべての世界の幅を広げる」ってことだなと思ったんですよね。そういう曲が好きだなって、前向きな気持ちで書きはじめました。

中村佳穂が語る『竜とそばかすの姫』 シェアされ伝播する歌の姿 - インタビュー : CINRA.NET

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DEZOLVEの演奏を聴いて、え、今の時代にこんなフュージョン? と感心してしまった。フィロソフィーのダンスのメジャーデビュー曲らしく、グループとメンバー自己紹介的な歌詞を前山田健一がよくまとめているなぁという感想。4人のバラバラさとバランスが面白いグループ。

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上記曲で興味を持ってフィロソフィーのダンスの曲を何曲か漁っていたのだけれど、着想が面白い曲だなという印象。原曲よりも最近のアコースティックバージョンのライブ版の方が好みかな。

  • フレンズ - 急上昇あたしの人生

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「取り立て屋ハニーズ」(ひかりTV)主題歌、とのことだが、特に見てはいない。妙に聞きなおしてしまうのはなんでだろうと思っている。

  • CAPSULE - ひかりのディスコ

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CAPSULEがまた戻ってきた!

[びじゅチューン!] お互い擬態 | NHK
大分は石仏の有名なのがいくつもあって、前に臼杵石仏は見に行ったのだけれど、また機会を見つけて熊野磨崖仏も見に行きたい。

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オフィスで一人踊る姿に、Fatboy SlimのWeapon Of Choice*2とか、サラリーマンNEOのオープニングで踊る宝田明Fatboy Slimのパロディ)のことを思い出した。

  • ポップしなないで - ミラーボールはいらない

何故だか5月の一時期、脳内ループしていた。元々はポップしなないでがYoutuberのあさぎーにょさんに楽曲提供した?曲*3のセルフカバーで、両方とも聞いてはいたのだけれど、脳内ループしていたのは明らかにポップしなないでバージョンだった。

Spotify大貫妙子のページを見たらトップに出てくるのがこの曲で、へぇ、となった。

  • Nakamura Emi - 1の次は

ドラマParavi『にぶんのいち夫婦』のエンディングテーマらしい(見ていない)。

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同名のアニメ映画の主題歌らしいのだけれど、never young beachっぽい。ただ、このグループが「日本のシティ・ポップという文脈」なのかどうかはちょっとよくわからない。

ネバヤンはプロデューサーからの提案でした。大貫さんと彼らの曲が並ぶことで、日本のシティ・ポップという文脈が映画に生まれる。そういう流れを大切にしたいと思ったんです。

映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」大貫妙子やネバヤンに彩られた青春作をイシグロキョウヘイが語る | Mikiki

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YMCKとのコラボピコピコサウンドなんだけど、CHAIの声と相性が良いように感じた。

  • ユカリサ - ロックンロール

ピアノとハープでロックンロールというタイトルのスローな曲だなぁと思っていたら、くるりのカバーらしい(それはそれで納得した)。原曲も聞いてみたけれど、こっちから入っちゃうと何か変な感じ。

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洋楽

  • Yung Bae - Must Be Love

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ヴェイパーウェイヴとかフューチャーファンクとか呼ばれているエリア(両者の違いはよくわからない)の代表的なアーティストの一人らしい。シティポップ再評価の文脈で出てきたりもするけれど、当然80's洋楽だってリサンプリングするわけで、この曲みたいなリズムは時々聞きたくなる。

  • Trad.Attack! - Sõit / Ride

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エストニアのバンド。トルピル*4と呼ばれるエストニアバグパイプが印象的。この曲の歌詞は子どもが遊ぶ時の唱え歌(日本だと「どれにしようかな天の神様のいうとおり…」が近いだろうか?)が元らしい。

  • TRAD.ATTACK! - LELL´O

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セトマー(Setomaa)と呼ばれる南エストニアとロシアにまたがる地域に住む人々(Seto)の童謡を原曲とするらしい。セトの人々の歌は2009年に無形文化遺産登録(Seto Leelo, Seto polyphonic singing tradition - intangible heritage - Culture Sector - UNESCO)されている。


なお、今回あえて挙げないけど、TRAD.ATTACK!の「Pass-pass」という曲*5の一節(原語: patta tagasi)が「バッターたかし」と言っているように聞こえてしょうがない。

その他

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4月ごろ、友人たちと話していて、ふと任天堂の「スーパードンキーコング」シリーズの話になったので、普段ならサウンドトラックを聞き直すところなのだけれど、今回は気が向いてアレンジバージョンをいくつか渉猟してみた。Jazztickはチリのフュージョンジャズバンドのようで、個人的にちょうどいいなと感じる範囲でアレンジしているように感じた。Gang-Plank Galleonは、シリーズ1作目のラスボス曲で、前半ののどかな感じから後段の盛り上がりまで、1曲でいろんな面が楽しめるので、もしシリーズを通して1曲選べと言われれば、まずこれを選びたい。

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同じ曲の本家(原作者)によるライブアレンジ。原曲に比べてメリハリを出した感じ。

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シリーズ2作目の船のステージ等で用いられる曲。今回アレンジバージョンを聞き直した中で、この曲をアコースティック風にやるとこんなに良かったのかと再評価した。

  • Wintergatan - Marble Machine (music instrument using 2000 marbles)

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関ジャムか何かで紹介されていた手動演奏楽器。見て聴いて楽しい。

  • 王舟 - Disco A

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最近聞いている音楽2021雪風・春風

動向

冬には1泊2日の抜歯手術を受けたり、年末に(流行の感染症ではなく)寝込んだりもしたけれど、とはいえ、元気にのんびり過ごすようにしている。
震災から10年で、Maia Hirasawaの「Boom!」を聞き直した。様々なままならなさと付き合いつつ、また春を迎えた。
ところで、半年も書かないと自己の同一性に揺らぎが生じるような気がする。何故この曲聴いてたんだっけなどと思う曲もいくつかあった。

邦楽

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だが、キセルのアレンジによって前向きに進んでいく楽曲と、〈僕らは出会いそしてまた別れる〉〈日々生まれてゆく新しい愛の歌が/あなたにも聞こえますように〉という歌詞を聴いていると、誰もが経験する出会いと別れ、ふとした時に「あの人元気かな」と思い返すような何気ない感情を切り取った、普遍的な楽曲にも聴こえてくるから不思議だ。

寺尾紗穂『北へ向かう』はなぜ聴く者の心を動かすのか? 情景を通して歌われる「生命の愛おしさ」について - Real Sound|リアルサウンド

寺尾紗穂さんの曲は真冬のストックホルムで「たよりないもののために」を聴いていた個人的経験があって冬の季語のような感じがするのだけれど、実際に冬の夜に入院中の病院のベットの上でこの曲を聴いているのは、とても風情があった。春近づきてぬるくゆるびもていくと、ちょっと合わないのかもと思っていたのだけれど、実際には3月リリースのアルバムの曲であるのもわかる感じに、また少し違う風に聞こえた。6月の台風が来る頃に聞いたらどうなるんだろうか。そして今年は何度、北に向かうことができるんだろうか。

  • Nulbarich - TOKYO

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JQ(Vo)がNulbarich結成以前に葛藤の中で生きる自分自身に向け書いた楽曲。今まで音源化されておらず、バンドの最初期以来長らくライブで披露されていなかったことからファンの間では幻の楽曲とされていた。JQは現在のコロナ禍で感じている戸惑いや不安を当時の気持ちと重ね合わせ、リアレンジを施し楽曲を完成させた。

Nulbarichが幻の楽曲「TOKYO」配信、バンド結成以前の葛藤と今の不安を重ね合わせて音源化(コメントあり) - 音楽ナタリー

という来歴の曲であるが、JQの「Tokyoやニューヨークみたいに、目的があって人が地方や世界から集まる場所で生きてると、日々自分との葛藤が必要。そんな心情を書き下ろした曲です。」というコメントのとおり、アソシエーションとかゲゼルシャフトとか、そういうタームの中で生きることについて想起させつつ、でもそういう社会の中での「どっちでもいいかぁ」という言葉の力に希望を感じる。
年末に新日本風土記で「東京紅白歌合戦」というスペシャル版をやっていて、「東京」と名の付く(あるいは題材とする)歌の変遷や、歌から見える東京の断片の違いがとても面白かった。ちょうど朝倉さやさんが「新・東京」を出したりもしていて、これも良い曲なのだけれども、そんなタイミングで年が明けてNulbarichのこの曲がやってきたというタイミングの妙もあったりする。
東京の郊外に生まれ育つと、こういう曲で歌われる「東京」には郊外は含まれてないよね、と思ったりもするのだけれども。

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「どうにもとまらない」はそれこそいろんな人がカバーしており、代表的なところでは米米CLUBジェームス小野田氏が楽しそうに歌っているのが好きなのだけれども、Klang Rulerのアレンジと新しい学校のリーダーズのSUZUKAさんの歌い出しで、ちょっと新しい側面を見たような気がした。

  • 折坂悠太 - 旋毛からつま先

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こういうわちゃわちゃした曲はのんびりできて良いよね。ワン・ツー

【NHK紅白】星野源『うちで踊ろう(大晦日)』フル・バージョン - YouTube
1番を先出しした上で、ちょっと経ってから2番以降でおっと思わせるのは星野源お得意の技と言って良いと思うけれど、そこでちゃんと時代を掴んで星野源として何を言うかを考えているように見えるのは凄いなと思う。

  • odol - 歩む日々に

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時世に合った暖かい曲だなぁと思ったら、森永乳業のコーポレートムービーで流れてきて納得した。

もし隣にいても遠く離れても同じに
優しい眼差しであなたはあなたのまま

やさしい歌だし、離れ離れでも共にいるということを考えさせてくれる気がするのだけれど、しかし「あなた」はどこにいるのだろうか、という点で小坂明子感がある。

なかにし礼の訃報の後にいろいろと出てくる中で、ホテル・カリフォルニアの日本語カバー(なかにし礼訳詞)があったのを知った。原曲の不穏な部分が曲調に残りつつ、訳詞の方は少し退廃的な明るさがあって、ちょっと面白い。

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BUMP OF CHICKENがバンド結成25周年だそうで、一瞬「えっ」となった。「天体観測」が2001年なので、それから数えても20年と聞くと感慨深い。バンドとしてはこの1年いろいろあったけれども、曲調としてはずっと一本芯を通しているような気もして。BUMP OF CHICKENは「おかえりモネ」のオープニングにも決まったそうだから、しばらくはお近づきになるんだろうな。

  • kiki vivi lily - 80denier

kiki vivi lily - 80denier (Official Audio) - YouTube

  • BEYOOOOONDS - こんなハズジャナカッター!

BEYOOOOONDS『こんなハズジャナカッター!』(BEYOOOOONDS[This is not how I pictured myself.])(Promotion Edit) - YouTube

洋楽

  • Clean Bandit - Higher (feat. GRACEY and iann dior) [Official Acoustic Video]

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オリジナルよりもアコースティックバージョンの方が好みなアレンジな気がする。

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「京都人の密かな愉しみ Blue修業中 燃える秋」で使われていたのだけれども、良い曲だね。

  • Jacob Collier - All I Need (with Mahalia & Ty Dolla $ign)

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確か「おげんさんといっしょ」で紹介されていた曲なのだけれど、コーラスの入り方と曲の展開の仕方が、こう広がっていくのかと思わせられる。

  • Hozier - Almost (Sweet Music)

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アイルランド出身のシンガーソングライターらしい。ジャズのナンバー等が散りばめられた歌詞はちょっと難解。タップダンスは楽しそう。

  • Crazy Frog - Axel F

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よく聞く曲だけどこういう出自の曲(ドイツの着メロ会社のコマーシャルソング)だったのかと初めて認識した。カエル。

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踊るウェイター。

最近聞いている音楽2020臥待月

動向

蜜(最近聞いている音楽 - Re:clam参照)の活動再開が嬉しい。
街中ではYOASOBIが流行ってるなぁと思ったけど、まだそこまで引っかかってこない。

邦楽

  • PEOPLE 1 - 常夜燈

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「常夜燈」というモチーフにいろんなものが重ねられそう。合唱曲のようなほっとする曲調なのだが、実際歌うとリズム取るのが難しそう。水乃るかさんという方の振り付けで踊る女の子が素敵。こういう曲調のバンドなのかと思って他の曲を聴いてみたら、そうでもなかった。

  • Reol - 第六感

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ボートレースCMソング。歌ってみた系のご出身の方らしい。打楽器系の音色がいろいろあって楽しい。

  • Vaundy - 不可幸力

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SpotifyのCM(Spotify Premium CM「Spotify Town」篇)ではサビの部分が取り出されてノリの良いいい感じの曲の印象を受けるけれど、フルで聞くとまた違った印象を受ける。PVはカラス。概要欄に「揺れ、靡く世界で意図せず彼らはそれを愛と呼ぶ」とあるところの「意図せず」が大事な曲なんだということだろうか。

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「不可幸力」を聞くと、そういう感じのアーティストなのかと思うのだが、この曲なんかはとてもさっぱりのんびりしている。下に挙げたアウスゲイルの曲ともども、この夏はこういう曲を一方で聞き、一方でポップなものを聞いたりした。

  • Lucky Kilimanjaro - エモめの夏

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今年はあんまり「エモく」はなかった夏なのだけれども、「寝息を聴く」だけの距離が怖い世界において、ちょっとだけそれが可能だった日々のことを思い出したりしていた。

  • 立花優 - Tomorrow

杉本竜一作詞作曲のNHK「生きもの地球紀行」エンディング曲シリーズの1曲。何故か杉本竜一リバイバルがやってきたので聴いていたけれど、この曲が一番好きかな。

浜口庫之助作詞・作曲、1971年の神戸国際ホールでのライブ版が「ナイトクラブの渚ゆう子」(1973)に収録されている。ライブなので歌う前の口上が記録されている(前曲の京都慕情の後にある)。

それではここで、あたくしの一番新しい歌を聞いていただきたいと思います。都会に3日間仕事をしまして、あとの3日間は、空気のいいところで、のんびり過ごしてみたいな、夢みたいな歌でございますけれども、歌だけでも、その、のんびりしたムードをお味わいいただきたいと思います

一部大企業を除き週休二日制など無かった時代に、本当に「夢みたいな歌」なのだけれども、リモートワークで田舎暮らし的な風潮のニュースを見るに、この歌の感じも違った風に感じられるようになるのだろうか、と思った。
しかし、渚ゆう子は京都シリーズの印象ばかりだったのだけれど、元々ハワイアン歌手だったのだな。

  • 降幡愛 - CITY

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80's懐古なシティーポップがブームだとはいえ、ここまで80's寄りに振って大丈夫なのだろうかと心配になるくらいの曲。でも80'sは好きなのでちょこちょこ聞き直してしまう。

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夏の明るい夕方には、スカのリズムが欲しくなるなと思ったりする。あるいはクーラーの利いた部屋で昼下がりに聞くのも良い。

「おげんさんと(ほぼ)いっしょ」で星野源松重豊が語っていた曲。後半のソウルな展開がぐいんぐいんくる。

  • 門脇更紗 - 夢は終わらない

立志舎CMソング「夢は終わらない」フルバージョン(門脇更紗さん)
おなじみの曲がリニューアル。ちょっとさらっとしすぎのような気もするのだけれど、それが今風なんだろうかね。あと、当たり前なのだけれど、このCMの流れていない地域では、この曲知らなかったりするんだなと(話したときに通じなかった)。

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帰ってきたヨッパライ的な早回し風サウンド。ほっとする。あらゐけいいちの作品はみんなにやさしい。

  • 有近真澄 - KISS, KISS, KISS

昔々すり減るほど見たビデオの録画に入っていたCM「ファニィ」のCMソング(1992年)。不意に思い出して、あの曲の曲名何だっけと思って調べた。

洋楽

  • Ásgeir(アウスゲイル) - Summer Guest

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アイスランド出身のシンガーソングライターなのだそう。ギターの波と歌声が心地よい。

  • Don Moen - Give Thanks

散々再放送された「駅ピアノ」シリーズ、実態としては作業用BGMになっていたのだけれども、この曲をロンドンのお爺さんが弾いていたのが印象的だった。

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いよいよ季候が秋っぽくなると、こういうのいいよね。

その他

伊藤沙莉がよるドラ枠でヒロインやるようになったんだなという点に嬉しくなるところ。サウンドトラックを聴いてみたけれど、和な遊びがあって楽しい。

ハロルドを探して:「75年不毛説」の祖を追う

「75年は草木も生えぬ」

1945年8月6日、広島は一発の原子爆弾により破壊し尽くされ、「75年間は草木も生えぬ」と言われました。

平和宣言【令和2年(2020年)】 - 広島市公式ホームページ

たまたま在宅だったのもあって、今年は広島・長崎の両方の慰霊式典を(全部ではないが)流し見て、戦後75年、五輪の陰に隠れなくて良かったのかもしれないなと思っていた。広島の式典で、広島市長は「75年間は草木も生えぬ」という言葉に触れたが、今年の原爆報道は、この「75年は草木も生えぬ」(「75年不毛説」とも言われる)を取り上げた記事が目についた。これは、メディアの中の人にとってもそうだったようだ。

 F この夏は、「75年は草木も生えぬ」の一節に引っかけた言説が目に付いた。
 A 原爆投下の直後、米国の科学者がそんな発言をしたのは確かだけど、翌年にもう生えていたんだから。意味ありげに使うのはいかがなものかと、内心いまいましかった。
 F ジェイコブソンという原爆開発に関わった学者のことだね。1945年8月8日のワシントン・ポスト紙に「70年」と数字を持ち出し、「殺人性の放射能が残る」と談話を出したんだ。あまりの反響に、原爆開発の最高権威だったオッペンハイマーが「根拠なし」と全面否定した。翌9月に来日した調査団も放射線被害を重ねて否定したから、原爆の影響のうち放射線被害を過小評価する流れができてしまった。ヒロシマ史家の宇吹暁さんが米国側資料などで突き止め、「広島県史」にも詳しく書いている。
 G 「70年」説も確かに聞いたことがある。
 F 占領下の日本では、原爆自体を告発できなかった。ご存じの通り、プレスコードでね。70年にせよ75年にせよ、曖昧なまま独り歩きしたんだろう。

被爆75年のヒロシマ 紙上座談会 | ヒロシマ平和メディアセンター

さて、この「75年(70年)は草木も生えぬ」という言説の発端となったジェイコブソンという人はどういう人で、初出の発言は70年だったのか75年だったのか、というのが気になって、インターネットを叩いてみたのだが、あまり大した情報が出てこない。
私の環境下で、「75年は草木も生えぬ」で調べると最もトップに表示された紀要論文*1や、広島平和メディアセンターの記事によると、どうやら「ハロルド・ジェイコブソン(Dr. Harold Jacobson)」という人らしい。

所謂「マンハッタン計画」(Manhattan Project) に関わったハロルド・ジェイコブソン (H.Jacobson) 博士の談話として 1945 年 8 月 8 日付けの < ワシントンポスト (The washinton post)> 紙上に掲載されたものである。

「75 年は草木も生えぬ」という言説から : 原子力破局の時代における教育学の課題-広島文化学園大学 機関リポジトリ

県政記者団が尋ねた「七十五年」というのは、原爆開発計画に当たったハロルド・ジェイコブソン博士が、広島への原爆投下直後に述べた見解に始まる。
「実験からは原爆を浴びた地域の放射能は約70年は消えない。広島は75年近く荒廃の地となるだろう」(アトランタ・コンスティテューション8月8日付)。米通信社が配信した。

1945 原爆と中国新聞 <6> 報道と再びの災禍 | ヒロシマ平和メディアセンター

しかし、海外メディアの記事等では、"Dr. Harold Jacobsen" と、ジェイコブン(あるいはヤコブセン?)との表記が多く見つかる。

Hiroshima was a charred wasteland, and people widely believed, based on the words of Dr Harold Jacobsen, a scientist from the Manhattan Project, that nothing would grow, or live, in the city for 70 years.

BBC - Travel - How Hiroshima rose from the ashes

Manhattan Project scientist Dr. Harold Jacobsen predicted Hiroshima's devastated centre would remain dead, "not unlike our conception of the moon", for 70 years.

Atomic Bombing of Hiroshima and Nagasaki | World War II Database


表記もあいまいなこの人物、英語版も含めたWikipediaには特段の記載はないようだ。しかし、彼のものとされる「75年不毛説」は当時の人の心に残り、現在まで伝わる象徴的な言説になっている。被爆から75年経っても残る言説の祖とされる「ハロルド・ジェイコブソン博士」は、実際にはどのような人だったのだろうか。

"Jacobson" か "Jacobsen" か

ひとまずは、初出の記事での表記を探すのが早かろうと思うが、時代が時代なだけに、初出の記事を探すのは、インターネット上の資源だけでは難しい。ワシントン・ポスト(The Washington Post)のウェブサイトでは2005年以降の記事が検索できるが、さすがに1945年の記事は検索できない。なお、アメリカ議会図書館(Library of Congress)の提供するChronicling America*2というサイトでは、一定の歴史的紙面が検索できるが*3ワシントン・ポストは含まれていない。また、先に上げた広島平和メディアセンターの記事によれば、アトランタ・コンスティテューション(Atlanta Constitution)の記事が挙げられているが、こちらもインターネットでの検索は難しそうだ。


そこで、ワシントン・ポストの古い記事が検索できる ProQuest Central を叩いてみたのだが、探し方が悪いのか、ワシントン・ポスト8月8日付の当該記事と思わしきものは見当たらない。先の記事では「米通信社が配信した」とあるので*4著作権等の関係でデータベースに収録されていない可能性もある。また、アトランタ・コンスティテューションについても調べてみたが、当該時期の記事は ProQuest Central には収録されていないようだ。データベースでヒットしないとなると、原紙かマイクロフィルムを確認しないと難しそうで、今回はこれ以上の調査は断念した。


ただし、翌9日に「原爆開発の最高権威だったオッペンハイマーが「根拠なし」と全面否定した」、ニューヨーク・タイムズNew York Times)の記事はインターネットでも確認できる*5。残念ながらインターネット版ではログインしなければ見れないが、同様に ProQuest Central を叩くとこちらはヒットする。同記事内には "Dr. Harold Jacobson" との記載があり、どうやら少なくともこの段階では、"Jacobson" の表記が正しそうだ。

彼は何者なのか

ハロルド・ジェイコブソン博士の肩書きは、このニューヨーク・タイムズの記事では、以下のような記載となっている。

Dr. Jacobson, a technician on the staff of Philip E. Wilcox, Inc., of 39 Park Avenue, which prepared technical manuals for the Navy, (後略)

一方で、同日のワシントン・ポストの記事*6では、

Dr. Harold Jacobson of Columbia University, one of those who participated in the atomic research work, (後略)

とあり、所属の記載は一致しない。この報道時におけるニューヨーク・タイムズが、放射線の影響を否定する立場に立つのだとすれば、「一介の一技師の発言」として発言を矮小化するような向きもあるのかもしれないが、細かい時代状況についてはここでは判断できるほどの知見を持っていないので、直ちに何かが言えるわけではない。
ネットの海を散策すると、Sean Malloyという歴史学者の論文*7に、次のような記述があるのも確認できた。

On August 8, a sensational article in the Hearst press by Harold Jacobson, a scientist who had briefly worked on the bomb project at Oak Ridge and Columbia University, asserted that the residual radiation in Hiroshima “will not be dissipated for approximately seventy years."

(PDF) “A Very Pleasant Way to Die”: Radiation Effects and the Decision to Use the Atomic Bomb against Japan*

ここでオークリッジ(Oak Ridge)という地名が出るが、これはマンハッタン計画で設置され、現在オークリッジ国立研究所となっている施設(テネシー州)を指すものとみられる。"briefly" とあるから、所属機関は短かったのかもしれない。なお、記事からの引用部分は "San Francisco Examiner"(サンフランシスコ・エグザミナー)という新聞(8月8日付)とあり、先の2紙とは異なる。

それっぽそうで違いそうな "Harold G. Jacobson" 氏

今度は、試しにWorldCat Identitiesで検索してみると、"Jacobson, Harold Gordon" という1912年生まれの放射線医学の研究者*8がヒットする。これが探しているハロルド・ジェイコブソン博士なのかはわからないが、放射線医学の研究者であれば、放射線の影響について言及しても、あまり違和感はない。
そこで「Harold G. Jacobson」でもう一度Googleに聞いてみると、北米放射線医学会(The Radiological Society of North America: RSNA)に1919年生まれの人物(同学会会長?)が紹介されている記事*9が確認できる。同記事には 、以下のように書かれている。

When an opportunity was available to return eastward, Dr. Jacobson joined the faculty of the Yale University School of Medicine as an Instructor in 1942, only to depart after several months for four years of Army service (1942–1946). Entering as a First Lieutenant, he received his discharge with the rank of Major. During this period he was Associate Radiologist at the Fort Benning, Georgia, Hospital and Chief of Radiology at the Welch Convalescent Hospital in Daytona Beach, Fla., and at the Army Service Forces Training Center at Camp Gordon Johnson, Fla.

Harold G. Jacobson, M.D. | Radiology

ここから、1942年から1946年まで陸軍に所属していたことがわかる。これは時期だけを見れば、これはマンハッタン計画(1942~)の期間と重なるようにも見えるが、記載されている経歴(勤務先)は先の新聞記事とはかなり異なる。"Philip E. Wilcox, Inc.," や "Oak Ridge" 、 "University of Columbia" といった名前は出てこず、別人の可能性も高そうだ。また、WorldCat IdentitiesとRSNAの記事で生年が異なるのも気になる*10


なお、この他に似たような名前の人物としては、政治学者の Harold Karan Jacobson*11、人口学者?の Paul Harold Jacobson *12がいることがわかったが、この両名についてはさすがに専門性が違うため、別人だろうと考えられる。

急浮上する "Dr. Harold F. Jacobson" 説

そこで、虚心坦懐にもう一度 "Harold Jacobson" で検索を繰り返すことにしてみる。今度はワシントン・ポスト(及び日本語資料)に記載のある "Columbia University" を組み合わせて調べてみると、Erik Lundという研究者のブログ記事が見つかった。このブログ記事には "Dr. Harold F. Jacobson" という記載があり、出典とみられる図書へのリンク*13があるが、内容は確認できなかった。

Philip E. Wilcox, of the War Manpower Commission writes to scold the paper for claiming that Dr. Harold F. Jacobson was not suspended, nor asked to resign, from the Manhattan District on 20 August 1945. It is just a coincidence that he found new, important work with the WMC after claiming that “secondary radiation” would persist at the Nagasaki and Hiroshima bomb sites for generations to come.

Bench Grass: Postblogging Technology, October 1945, II:

また、同じブログのコメント欄では、Newsweek, 1945年8月20日号とされる文書の転記*14があり、この記載によれば、ハロルド・ジェイコブソン博士は、当時33歳のシカゴ大学で博士号を取った人物であることがわかる。

Seven months ago, Dr. Harold Jacobson, 33-year-old physicist (Ph.D. University of Chicago), employed by the government on top-secrt experiments to split the atom, wrote a play. (略) Last week, one day after the historica atomic bombing of Hiroshima, ediots of the three major news serives in New York recievaed a phone call from Philip E. Wilcox, Inc, a contractor for Navy manuals on devices and weapons. In their ortanisation, said the spokesman, was a scientist who had worked for two yeasr on the Manhattan Project, --the atomic bomb—at Oak Ridge, Tenn. Plant and at the University of Columbia. His name was Dr. Jacobson, and he had a story to tell. . .

http://benchgrass.blogspot.com/2015/12/postblogging-technology-october-1945-ii.html?showComment=1478987012844#c8000900043902665205

同記事中にはジェイコブソン博士は "Philip E. Wilcox, Inc.," から連絡を取ってきた "Oak Ridge" "University of Columbia" での勤務経験がある人物であることが記載されている。また、同ブログで著者とコメントをやり取りしているカナダのコンコルディア大学(Concordia University)のDr. Peter C. van Wyck氏が記載するところでは、”he taught at Hofstra for a couple of years before his death in 64" とあり、ニューヨーク州のホフストラ大学での教鞭歴があるという。
今回の調査では、"Dr. Harold F. Jacobson" のリンク先の図書*15や、Newsweekの記事原文はチェックできなかったので*16、ブログ記事の裏付けは取れないが、博士の本名が "Dr. Harold F. Jacobson" なのだとすると、先の "Harold G. Jacobson" は、完全に別人なのかもしれない。

(補論)「70年」か「75年」か

ところで、先のニューヨーク・タイムズの見出しでは、"70-year effect" とあるように、問題となる期間は「70年」とある。実際には「草木も生えぬ」とされたのは、75年ではなく70年だったのではないか、という疑問もわく。先の広島平和メディアセンターの記事等を見る限りでは「70年説」と「75年説」の両方が流通していたようだが、今回は初出の記事まで至っていないので、最初の時点では何年だったのか、どの時点で両説が並立する状況になったのかといったことを知るのは難しそうだ。


ただ、日本での言説の受容という観点で言えば、実際にはラジオ等で二次的に拡散された情報が広がったことを考えると、「曖昧なまま独り歩きしたんだろう」というのが実態だろう*17。日本での初報とされるのは毎日新聞の記事で、データベース(毎索)では東京本社版しか調べられないが、「70年」との記載が確認できる。

これについては米國側においても「廣島、長崎は今後七十年間は草木は勿論一切の生物は棲息不可能である」と怖るべき事実を放送している*18

一方で朝日新聞の記事では、「75年」の記載をしている。

當時の米國放送は「廣島は七十五年間、人畜の生存を許さぬ土地となった、また被害調査のため學者派遣するがごとき行爲は自殺に等しい」と繰返し宣傳*19

ひとまず、日本での初報段階では既に「70年」と「75年」の両説が唱えられていたということが推察される。


なお、先のニューヨーク・タイムズ及びワシントン・ポストの8月9日付の記事では、ハロルド・ジェイコブソン博士自身が前日の自身の発言を事実上撤回する声明を出している。これについては、8日の自身の談話発表の後、FBIによる取り調べが行われたとされ、政府による圧力によって撤回を促されたとの見方がある。一方で、先の日本の新聞記事のように(少なくとも日本の降伏前/米国による調査前の段階では)日本向けには放射線被害の継続性を宣伝する動きもあったとも考えられる。なお、先のSean Malloyの論文には、ハロルド・ジェイコブソン博士が簡単に反論できる談話を発表したがために、残留放射線の問題のみに注目が集まることになり、爆発直後の放射線による長期の被害についての問題に対する注意を逸らすことに繋がったとの評価もあるようだ*20。こうした様々な背景や、実際には「草木も生えぬ」などということはなかったことを踏まえれば、当初の発言者の意図とは別に、関係者が政治的に利用した言説として、その利用のされ方に注目すべきものと思われる。

おわりに

戦後75年の夏休みの自由研究的に、謎のハロルド・ジェイコブソン博士の行方を追ってみた。一部の新聞データベースを使った以外は、インターネットに頼って、お気楽で行き当たりばったりに調査したので、かなり限界はあるものの、ハロルド・ジェイコブソン博士は、少なくとも「インターネットで簡単に検索して出てくるほどの有名人ではないらしい」ということがわかった。
調査した中で最も詳しい資料である、Erik Lund氏のブログ記事(コメント欄でのやり取りを含む)を信用するならば、ハロルド・ジェイコブソン博士(Dr. Harold F. Jacobson?)は、発言時点で33歳の物理学者で、オークリッジやコロンビア大学で働いた後、Philip E. Wilcox, Inc.,に職を得たらしく、後にはホフストラ大学で数年間教職に就き、64歳で亡くなった人であるらしい。とはいえ、こうした事実の裏付けを取るには、色々と紙資料を含めて調査してみる必要がありそうだ。
彼が談話前後にどのような人生を送っていたのかについての興味は尽きないが、今回はここまでの調査としたい。

*1:小笠原道雄「「75 年は草木も生えぬ」という言説から : 原子力破局の時代における教育学の課題」『子ども学論集』2015.3, pp.15-26.

*2:http://chroniclingamerica.loc.gov/newspapers/

*3:海外の新聞を調べるには | 調べ方案内 | 国立国会図書館

*4:井上泰浩『アメリカの原爆神話と情報操作』朝日新聞出版(朝日選書), 2018, p.47の記述によると、当該通信社は「通信社ハースト(The Hearst News Service)」だという。一方で、「米INS通信」とするサイト(伝えるヒロシマ 被爆70年 <19> 原爆報道 核時代 終える日まで | ヒロシマ平和メディアセンター)もある。なお、INS通信(International News Service: 国際通信社(現 United Press International: UPI通信))は、ウィリアム・ランドルフ・ハースト(William Randolph Hearst)が設立した通信社である。

*5:70-YEAR EFFECT OF BOMBS DENIED; Atomic Research Head Scouts Long Radioactivity--Expert Here Clarifies Statement Dr. Jacobson Tells Views ATOM HELD PEACE AGENT Scientist Links Discovery to Necessity for Averting War - The New York Times

*6:"Atom Bomb's Radioactivity Fades Rapidly" The Washington Post, 1945.8.9, p.1.

*7:Sean Malloy, "“A Very Pleasant Way to Die”: Radiation Effects and the Decision to Use the Atomic Bomb against Japan," Diplomatic History, 2012.6, pp.515-545.

*8:Jacobson, Harold G. 1912- (Harold Gordon) - WorldCat Identities

*9:Harold G. Jacobson, M.D. | Radiology

*10:1919年生まれだとすると18歳で大学卒業ということになりやや若すぎる気もする。ひとまず1912年説をひとまず採用するならば、1945年時点で30代前半(32-33歳)の研究者ということになり、当時オッペンハイマー(Oppenheimer, Julius Robert, 1904年生まれ)が当時41歳であることを踏まえると、若い研究者ということになるのかもしれない。

*11:Jacobson, Harold Karan - Social Networks and Archival Context

*12:"American Marriage and Divorce" という本を1959年に出版している

*13:John Chappell, "Before The Bomb: How America Approached the End of the Pacific War," University Press of Kentucky, 2014.

*14:コメント欄のやり取りから推測すると、OCR等で読み取った文章の転記の可能性があり、一部スペルミスとみられる部分があるが、以下ではブログ記載の文章のまま抜粋する

*15:国立国会図書館の所蔵を探すと、1997年版の同書(GB531-A122)の所蔵があるようだ。

*16:Newsweekの古い記事はデータベースでは追えなさそうなので、現物を探すしかなさそうである。

*17:この辺り、今回は参照していない宇吹暁氏の研究成果(『広島県史』等)を確認すると、もう少し詳しいことがわかるのかもしれない。

*18:「傷者も漸次悶死 今後七十年間は生物の棲息不能」『毎日新聞』(東京本社版)1945.8.23.

*19:廣島に取り憑いた”惡靈” 二週間後には死亡者倍增」『朝日新聞』(東京本社版)1945.8.25.

*20:Sean Malloy, 前掲注7, p.542.

似た名前の駅を間違えた場合の駅間距離リスト

はしがき

ちょっと前にこんな記事を見つけた。
dailyportalz.jp
この記事としては距離の近い「間違えた感のある」駅間の魅力が大事なのはわかるのだけれども、距離が離れた全然関係ない駅間でやってみても散歩としては面白いのではないかと思い、短いもの(但し2km以上)から長いものまで集めてみた。
駅間は直線距離を適当に丸めており、あくまでも目安というところ。
普通間違えないだろというものも多いのだけど、まぁネタなので。

リスト

始点駅 終点駅 直線距離(目安*1
浅草 浅草橋 2
海浜幕張 幕張 2
中目黒 目黒 2
読売ランド前 京王よみうりランド 2
下丸子 新丸子 2.3
石神井 石神井公園 2.3
葛西 葛西臨海公園 2.4
浦安 新浦安 2.5
北野 八王子みなみ野 2.6
市場前 築地市場 2.8
高井戸 下高井戸 3
新橋 新日本橋 3
三鷹 三鷹 3
木場 新木場 3
新小岩 京成小岩 3.7
沼袋 池袋 4
桜新町 桜上水 4
町田 南町田クランベリーパーク 4
向原 小竹向原 4.4
多摩川 二子玉川 4.5
新横浜 横浜 4.6
上北沢 下北沢・東北沢 5
新宿三丁目 本郷三丁目 5
武蔵小山 武蔵小杉 6
椎名町 信濃町 6
久米川 東久留米 6
赤羽橋 浅草橋 6
富士見台 富士見ヶ丘 6
東京 東京テレポート 6
千駄ヶ谷 千駄木 7
市川真間 市川塩浜 7.2
昭和島 昭和 7.5
百合ヶ丘 つつじヶ丘 7.6
亀有 亀戸 8
銀座 戸越銀座 8
旗の台 幡ヶ谷 8
田原町 田町 8
甲州街道 青梅街道 8
新井宿 西新井 8.6
東大前 駒場東大前 9
相模原 小田急相模原 9
宿河原 向河原 9.3
目黒 目白 10
田端 田町 10
池上 池ノ上 10
多摩川 和泉多摩川 10
多摩センター 多磨 10
はるひ野 あざみ野 10
大崎広小路 上野広小路 11
つつじヶ丘 ひばりヶ丘 11
大倉山 大岡山 11
明大前 東大前 11
新馬 高田馬場 11
四ツ木 四ツ谷 11
船堀 船橋 11
大崎 大塚 12
梅屋敷 梅が丘 12
長沼 稲城長沼 12
中河原 宿河原 12
千川 仙川 13
多摩センター たまプラーザ 13
谷保 保谷 13
矢部 矢川 13
多摩川 京王多摩川 13
調布 田園調布 13
中野 中野島 13
桜新町 桜木町 14
千石 洗足 14
赤羽橋 赤羽 14
武蔵小山 大山 14
沼袋 沼部 15
玉川学園前 成城学園前 15
高円寺 国分寺 15
玉川上水 京王多摩川 15
玉川学園前 二子玉川 16
馬込 駒込 16
大塚 雪が谷大塚 16
五反田 五反野 17
鷺ノ宮 鷺沼 17
稲荷町 穴守稲荷 18
八丁畷 八丁堀 19
矢口渡 矢野口 19
玉川上水 玉川学園前 19
鶴見 鶴川 19
武蔵小金井 武蔵小杉 20
武蔵小金井 武蔵小山 20
北千束 北千住 20
田端 田無 20
住吉 元住吉 20
学芸大 国分寺*2 20
桜街道 桜上水 21
田無 田町 21
北野 喜多見 21
平和台 平和島 21
青梅街道 青梅 21
中河原 向河原 21
平井 平間 22
桜ヶ丘 聖蹟桜ヶ丘 22
市ヶ谷 市が尾 23
玉川上水 二子玉川 23
蓮沼 本蓮沼 23
上大岡 大岡山 24
桜街道 桜新町 24
菊名 菊川 25
程久保 大久保 26
都立大学 南大沢*3 27
清瀬 成瀬 27
不動前 高幡不動 27
大師前 川崎大師 28
白山 黒川 28
山田 東山田 28
片倉 片倉町 29
大塚 大塚・帝京大学 30
立川 立会川 31
矢向 矢切 31
大久保 京成大久保 32
目白 めじろ台 37
桜街道 桜木町 38
王子 八王子 38
霞ヶ関川越市 霞ヶ関千代田区 40
入谷(座間市 入谷(台東区 45
堀ノ内 京王堀之内 48
青梅 青海 50
稲毛 稲城 53

*1:小数点以下は付けたり付けなかったり丸めたりしている

*2:東京学芸大学最寄り

*3:東京都立大学最寄り